店じまい・店びらき ~閉店のヘキレキ~

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2006年 06月 26日

弁明書を書く

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警視庁放置駐車対策センターから
届いた封を開いてみると、
弁明通知書と、1万円を支払う払い込み書が入っていた。

弁明通知書というのは、道路交通法により、弁明する機会をあなたに与えますよ、
という通知。

つまり、「弁明書」というのはそもそも同封されておらず、あとで個々人で勝手に書け、ということらしい。
広告の裏とか、わら半紙とか、紙であれば何でもいいということだろう。
もしくは、古代エジプト人が使ったパピルスでもいいのだろう。

とりあえずパソコンで打った文章はこちら。


弁明書

私本名は、6月14日午後17時1分、
新宿区百人町4-5の路上において、愛車を路上放置したとして違反と判断されました。

さて、ここからはこの係る事案に対して弁明いたします。
私はこのとき、写真の撮影をしていました。
移り往く都市の記憶を。
閉店する店。
人の思い出の中に留めるようにと。
貴殿にも、愛着があったのに、閉まってしまったお店、ありませんか?
行き着けの店。
看板娘見たさに通いつめたお店。
にぎやかな店内。
その空間に居るだけで幸せな気分に浸れた。
そんなお店の閉店の貼り紙をカメラにおさめているのです。

道路交通法も大事です。
社会生活を送る上でなくてはならない法律といえるでしょう。
そう、法規を放棄して何になるというのでしょうか。
交通の遵守、それこそ自動車を運転するドライバーが本来するべき大人
のルールです。

しかし、あなたがこうして違反金をドライバーからいただき、仕事として
まっとうしているのと同じように、個人商店の店主も、必死にお客様に
手厚いサービスと真心の精神で経営を成り立たせているのです。
しかし、小泉首相の景気回復策は一向に、個人商店に目が向いていません。
見るも空しいシャッター商店街。
嗚呼、閑古鳥が今日も鳴いています。

その閑古鳥の泣き声は私には店主の悲鳴に思えてなりません。
毎日何通、いや何万通と送られてくる弁明書に目を通し、日々道路交通
に思慮する貴殿は、きっと交通弱者にも目を配ってくださっているはず
です。

今や日本は高齢化社会、いや完璧な高齢社会です。
お年寄りが信号を渡って歩いているとき、車は止まってその人がたとえ
遅い速さでも道を譲ることでしょう。

さて、私たちがなすべきことは、そのお年寄りを道路を渡りきれるのを
見守ることだけでいいのでしょうか?
もし、そのお年寄りが個人商店を細々と営む店主であったとしたら、
そして今まさに店を断腸の想いで閉めようとしていたとしたら、
私はその店主の話に耳を傾けたい。
いや、今さら閉める店のことを聞いて何になるのかという店主もおそらくいると思います。

しかし、お年寄りは話したがっています。
耳を傾けて親身になって話を聞いてくれる人を待っているのです。

そんなとき、私は傍に寄り添って話を聞くのです。
店の思い出、客とのちょっといい話、最後のメッセージ・・・
それらはすべて、1つ残らず後世に伝えるべき財産です。

人の人生は、どんなにその人がちっぽけだと卑下していようと、
プライスレスな財産です。

今しかないのです。
今しか撮れないのです。
私ができることをまっとうしたい。
そのために、地べたを這いずり回ってでも、仕事がどんなに忙しくとも
私は日々閉まる店を焼き付けているのです。

あなたが路上駐車した車を確認してからの15分間に、
今日本でどのくらいの店が潰れているかご存知ですか?
いや、それは私にも分かりません。
しかし、一刻一秒を争う仕事を生業としている貴殿であれば、
時間の大切さが分かるはずです。

店が存亡の危機にあります。
閉店の憂き目にあっているのです。

私は人の痛みを理解できる人間になりたい。
そう思っています。

これ弁明と代えさせていただきます。
宜しくご検討のほどお願いいたします。

平成17年6月25日 (自分の名前)



ケンカを売ってるとしか思えないのだが、
とりあえず送る。
本来であれば、1万円を払えばいいのだろうが。
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by misejimai | 2006-06-26 12:45


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