2011年 02月 26日

叩き売りと彼女の靴

e0030939_17372865.jpg花粉が鼻をおびやかし、影がいつもよりくっきりと
見えたこの日、広尾の靴屋さんが閉店セールを
していた。
店先に靴を並べて1000円から3000円ほどで
売っている。

2代目だというおじさん。家賃が払えず、やむなく
閉める。問屋もどんどんつぶれているという。
貼り紙は昨日まではあったという。残念。

この一角は、おしゃれな広尾に最後に残された、
戦後の雰囲気を今に伝える場所あった。
左隣はおもちゃ屋、そり隣がレコードショップの
跡地、今は駐車場。その隣はせんべい屋。







e0030939_1746090.jpg親子が靴を物色している。
娘さんが母親に「お願いします、お願いします、
頑張ってお茶の水入るから~」と、なにやら靴をせがんでいる。
お気に入りの茶色の靴があったようだ。だが少し
サイズが大きいようだ。

それまで何足も買っているので、母親は少し
ためらっている。だが、2000円という安さに、
どうしてもきっぱりと断りきれない。
父親から「学校によってはだめなんだよ、指定が
あるから」とたしなめる。

娘の懇願に根負けしたのか、扉もシャッターも
何もないあけっぴろげの店の中でサイズ違いの靴を、探し始めた。

「茶色の22、あったよ」
「お~!ナイス、ママ~」


こうして娘さんはお気に入りの一足を見つけた。
おじさんに直接2000円渡し、おじさんは「これで靴屋さんできちゃうね。どうもありがとう」と
言葉を投げた。

実際、かなり買い込んだらしく、
「すっごーい、何足買ったのホントに」と母親。

娘さんに、ここで買ったことをずっと覚えておいて欲しいと思うのは、わがままだろうか。

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# by misejimai | 2011-02-26 17:51
2011年 01月 12日

昼下がり

本日はご来店くださいまして
ありがとうございます
エスカレーターにお乗りの際は横の手すりをお持ちの上
黄色い線の内側にお立ちくださいませ
お年寄りやお子様連れのお客様はお乗り降りに
ご注意ください
ベビーカーでのお乗りは
あぶのうございますので
ご遠慮くださいませ

アナウンスが何回も流れる中、
誰も乗せていないエスカレーターが行ったり来たり、上へ下へ。

去年閉店した西武百貨店の隣の阪急百貨店だ。

エスカレーターを覚えたのはおそらくデパートだったろう。

あれだけ楽しかったはずのデパートに入るのさえ、躊躇してしまう。

誰もいない広いフロアに、何人もの店員が人欲しい目をして服を折りたたんでいる。

8階に、背広で決めたサラリーマンたちが何十人も何かレジュメを持って
担当者らしき腕章をつけた男性から説明を受けていた。
ここは西武百貨店にも入れる場所だ。
西武の次に入るルミネのテナントのことを話し合っているのだろうか。

エスカレーターを降りるとき、隣の西武にそれでも人がいて、品物がある。
あれ、まだやってるのか?
と思ったら、阪急の店内がガラスに映っていただけだった。
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# by misejimai | 2011-01-12 14:24
2011年 01月 10日

痛し痛し

成人式。
きれいなはずの振り袖も、しびれるほどの寒さによって心なしかくすんで見える。

せめて吐く息が白かったら、まだ寒さを心から実感できるが、白くなりもしないのが妙に歯がゆい。
むしろ逆にスーッと吸っている。

祝日の気安さか、
観光客の恥のかき捨てか、
明らかにツリーを観に来たカップルの男が、赤信号の交差点で、
もう車が折れてくるのにかかわらず、手で車を制止しながら笑みを浮かべて走っている。

いつもの橋の上には、ツリーを撮影する人々が。
でもみなさん、安心してください。ツリーは無くなりませんから。

押上にあった自転車屋さん、寺田商会。昭和3年創業。

e0030939_1859375.jpg交番から先の一区域の中、立ち退く店が絶えない中、最後まで残っていた。
でも整理がつき、去年の12月30日に閉めた。
本所のほうに移転する。
















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3代目好宏さん75歳。
「道路拡張するんですよ、ここ。ツリーとかできて
 さ。広くするんだよね道を。

 でもツリーできてもね、食べ物屋ならお客さん
 いっぱい来てもいいけど、この店、こんな狭い
 でしょ。おっきなリュックしょった人が
 5~6人来て誰もあと入れやしない。実際、
 観光客が冷やかし半分で来るから、ツリー
 できても迷惑なんですよね。

 もう私、後期高齢者ですから。えっ後期高齢者
 っていったら75ですよ。10年前に息子に代を
 ゆずりまして、あとはゆっくりやってます。今、
 せがれたちですか? 子供たち錦糸町まで
 迎えに行ってるんじゃないかな」


北風が一段と体を硬くする。
帰り際、近くのミスドのショーウィンドーのドーナツが、あったかそうに見えた。

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# by misejimai | 2011-01-10 19:08
2011年 01月 06日

3Dナミダ

あけましておめでとうございます。
未だに毎日このブログを御覧になっている5人の方々ありがとうございます。

テレビのCMでよく流れている、映画の宣伝映像。
3Dメガネ越しで涙を拭く女性は笑える。
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# by misejimai | 2011-01-06 08:22
2010年 10月 26日

カエル店長代理と七夕の願い

「あ、そっちのもいいよ~。もし良かったら持ってって」
「でも長いことそこにいたから香辛料の臭いついちゃったかもしれないけど」
「うん、いいよ。それ可愛いでしょ」

完全閉店間際のインドネシア料理店「カフェウブド」。
店に取り残された家具や椅子などを「閉店」と聞いてふらりと来た客にいともたやすく、持ってっていいよと太っ腹な、大崎あゆ子さん。でも実は偽名。

ここは大崎にある店。
だから名字を大崎に。
名前の「あゆ」というのは、インドネシアでのポピュラーな名前だから、らしい。
日本で言えば「美」や「子」といった感じ。

実はスタッフも本名を知らないのだ。クレジットの審査の際、書類の不備のためお店に確認の電話が
鳴ったの。だが、それに出た店員が「そんな名前の人はいない」とピシャリと言ってのけたのだが、本当はそれが本名で、結局、「いない」ということになり、審査が通らなかったこともあるという。


今から11年前。
無職だった彼女はある知人男性から、経営するインドネシア料理店のバイトをやってみないかと
言われ、飛びついた。
だがインドネシア人ばかりがやってくる店。ナンパ攻撃で「正直ウザい」と思っていた矢先、
その店に別の支店の出店依頼が舞い込んだ。
だがその店自体に資金力がなく、やむなく断念・・・と思いきや、なんと彼女自ら手を挙げた!
私、やります!
OL&フリーター時代に今まで貯めていた資金をつぎこんで、
大崎さん自ら、支店ではなく独立したお店としてそのテナントを買い。7年前大崎ゲートシティの
地下に「カフェウブド」をオープンさせた。大崎あゆ子の誕生である。


・・・そんな話を聞いている途中、
入れ替わり立ち替わり客が来ては眺め、手に取り、
ある人はタダの品をもらっていき、値がつけられている物に関しては買っていく。
もちろんそのまま何もせず帰る人もいる。

店の血であり肉であり骨となっていたモノかひとつ消え、ふたつ消え、店が静かに終息していく
息の音と、
日曜日、少しは賑わっていた大崎のショッピングモールの地下が、夕闇のカーテンに包まれて
ひっそりとした無機質なコンクリートの塊になっていく過程が、妙にシンクロしている。
 
それでも、店のモノをもらっていったり、買って行ったりするお客はそれを自分の部屋に
置いたり、飾ったりして、小躍りしたり、生活の糧にしていく。

だからなのか、不思議と閉店というものの悲壮感はあまり感じられず、
僕には大崎さんが、消えていく希望の露を分け与えているマザーテレサのように思えた。



Q.インドネシアに興味があった?
A.興味はあったがバリで観光2回くらいしかなかった。
  ただインドネシアという選択はなかったが、将来的には飲食店を持ちたいという夢は持って
  いた。24歳で店が持てるチャンスなんてめったにないということで飛びついた。
  インドネシア語?最初は習ってたんですけど辞めました~。恥ずかしい想い出があって。
  それ以来すっかり。

マザーテレサはよく目が行き届く。
「あ、それよかったらそれもあげるよ~」
「目についたものはこれは?って聞いてね」
真向かいに座っていたテーブルを離れ、接客し、また戻り。すみませんこんな話に付き合ってもらって。



気まぐれと満ち溢れる若さと時の運で始めたお店。
しかし意外といったら失礼かもしれないが、彼女なりの固い誓いがあった。

インドネシア料理屋はみんなオシャレすぎる。
ビアスタイルのオシャレなレストランが多すぎ!
本当はそんなもんじゃない!


「そこで外観や店内を徹底的にこだわったんです」
茅葺き屋根は、インドネシアのバリで一度図面通りに仮組みしたものを壊して船で運んできた。
その木材たちと一緒にやったきたのが、現地の大工さんたち。もう一度組み立ててもらうからで
ある。

65歳、肌がチョコチップクッキーみたいに黒く染みついた、笑顔の素敵なおじいちゃん棟梁を筆頭に、62歳、48歳の3人。
いずれもバリ島から出たこともない人々を日本に無料招待し、大崎さんちに3週間ずっと泊めさせて、朝一緒にお店に行って組み立ててもらい、夜は一緒に自宅に帰った。

もちろん、彼らの信仰心にも付き合った。
「赤い神棚で-まあ取り付けたんですけど、一緒に朝晩お祈りしてたんです。
 バナナの葉っぱの上にお米とか置いて。
 朝ごはんは私が作って。
 で昼は日替わりランチのご飯
 夜はバナナ フルーツでしたね」

Q.そんなお店の象徴、この屋根はどうするんですか?
A.欲しいと言われる人はいるが、
 10年経つとやせたり反ったりしているので
 次に組み立てられる保証がないんですよ~

命が果てたとき、その魂は抜けていく運命にあるのだ。


店員はインドネシア人の店員が料理人含めて5人、日本人は1人いた。
さらには踊り子さんたちも雇っていた。
「あ、でも日本人ですよ。普段はOLしてて。結局いろんなところで踊ってたり、
 スクールに通ってた人だったり。7年で100人が躍ったんじゃないかな」

もちろん味にもこだわった。
ナンチャッテのインドネシア料理店じゃ出せない味と自負している。


小さな店だから、全部自分の裁量でできた。
「来年から壁ピンクにする!と言いだして、
 失敗したら3日間休んでまた塗りなおせばいいって言ったら、
 店員に頭おかしくなったんじゃないの?とか言われたり。
 ディナー終わって塗ったけど、結局黄色にしました」


だが信頼していた店員が突然やめてしまったり、
お店のお金を持ち出して逃げてしまったり、
ランチのときに時たまやってくるどこかの会社のイケメン社員に勝手に恋して
「今日は来ないかな」と仕事が手につかなくなったり。
それでもあきらめない。自分の分身だから。
もともと飽き性。OL生活も10カ月、それからフリーター生活で仕事を渡り歩いて3年半。
女の道の最後の砦がこの店だった。

「だめなときもあったんです。
 やめちゃおうかなと思ったこともあった
 けどインドネシア人の人も働かせてるから、彼らのことを考えたらやめられなかった。
 あと、こういう店でも来てくれる人がいる。
 やっててよかったと思うようなこともあった。
 1カ月悩んでいる間も嬉しいことが重なってまたやってみようかな」


カウンターにあってイスを頑張って持って帰ると女性客が言い出した。
するとマザーは
「結構イス部分が幅広いでしょ。これ、私のお尻が大きいからこんなに広くしたんです。
 皮はバリから持ってきたんですよ。結構重いけど1個だったら頑張れば電車で
 持っていけるよ」
 はたしてその女性は、マザーの御神託通り、
 自分の体ほどはあろうかというごっついイスを両手に抱きとめて、一歩一歩持って行った。

「この棚とかは今度結婚するっていう人が明日来て持っていくことになってるの。
 粗大ゴミになるより新婚家庭にもらって、
 カフェウブドでもらったよねと店の名前を出してもらえば想い出になるしね。
 でも想い出のあるモノを捨てるときはちょっとキュンとするね」

 ・・・かくいう僕も、もう2つ残っていたイスをタダで譲ってもらい、今ではキッチンがのけぞる ほどのスペースを占有している。



さてお店の転機は数年前。
野外フェスから出店の依頼があった。大崎さんいわく「マグロ漁」。
だが実店舗は年中無休が契約条件。本当は店を休むとペナルティーとして罰金が加算される。
マグロ漁は大体1週間。

そのたびに「厨房メンテナンス」「社員研修」「大使館で研修」などとバレバレの嘘をついて
店を閉めていたという。

だが、昨年ビル側から「やけに厨房メンテナンスが多いけど、何をメンテナンスしているのか?」と釘を刺された。

せっかく軌道に乗り始めた野外出店。年中無休が約束のこのお店との並行運営は難しいと、今回の
決断に至ったのだ。

「あまりに若いころに始めたのでペースが分からなかった。
 頑張れる体力があったからダッシュで走っちゃってたところもあったかも。
 もっとライフワーク的に、もっと店をやることを、人を好きになるとか、自然な『好きなこと』
 の中に取り入れたい」


そしてマザー大崎の次の停車駅、女の出船の港は渋谷だった。
それも駅から相当遠くに離れた奥地にある神山町。

Q.どうして?
A.インドネシア人が集まるクラブとかがあって、あと代々木でやる出張イベントとかにも
  近いから。忘れ物してもすぐ取りに行けるし。

店名は「ワルンビンタン」。
今度のはチープな屋台。人が怖くて入れないような?お店だとか。


Q.今回の新店舗はだれに相談した?
A.このカエルの置き物です。
  彼が店長で、私は彼のもとで働いている設定なんです。
  なんかオーナーとかアルバイトとか決めたくない
  (スナックでいうところのママ的な?)そう。
  誰がオーナーであるかなんて思われないほうがいいと思って。
  でも若いころはパトロンがいるんでしょとか言われてた。
  でも見る人が見ればオーナー。



そういえば、取材時、大崎あゆ子に代わる次の名前の候補名を募集していた。
「星あゆ子?神山町あゆ子? 渋谷あゆ子?・・・あぁ渋谷はおこがましいな」
現在、彼女の名前は何の名字もない「ayuko」である。
9月にはすでにオープンしているこの店だが、
インターネット光の配線が入らなかったり、厨房の壁のタイルが曲がってたり、
DMに記載された電話番号が間違ってたり、開店以来の人出なのに料理の提供が
遅かったりと、悩みの尽きないマザーテレサだが、
少しずつ常連客も増えているという。是非


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カエル店長とその代理の方です



























その代理の方がカエル店長の想いを代筆した七夕の短冊です。
7月7日、ゲートシティに飾っておきました。最後の願いは、順調ですか?
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# by misejimai | 2010-10-26 16:02