店じまい・店びらき ~閉店のヘキレキ~

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2012年 04月 05日

スベカラ区 禁止町


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# by misejimai | 2012-04-05 12:09
2012年 04月 03日

備忘録

永福町にあった魚屋・上六鮮魚の神保さん。
奥さんを亡くしたあとに訪ねた時の話。

本当に魂が抜けました。
1人でやっばりいると力がなくなっちゃう。
やっばし、こりゃあ偉大な存在だったなと今になって痛感してるもんですよ。
商売にしても、女の人がいて初めて成り立つ。
例えば、暮れになると、いろいろ魚の注文が来るんですが、いま買い出ししちゃ余りますよとか、言ってくれる。
自分だけだとお客さんのこと、1から10まで出来なくて7,8で止まっちゃう。
かまぼこを買うにしても、去年は何本残るくらいだったんだから、このくらいにしときなさいって言ってくれた。
よくそんなことが、暮れになるたびあった。今時分騒いでたもんだなあ。

うちのほうの状態ですと、せがれが1人、勤めてる。
朝の支度の飯を作って、せがれを送り出して、掃除、洗濯を私がしてる。
もう40過ぎてます。弱った。
飯を作るってことは、小僧時分は修行でしてましたんでね、苦にはならないんですけれども。
ただ毎日作るとなると、なかなか。最初のうちは料理本見ながらやってたけど。

それ考えたら、お母さんは朝昼晩、よく作ってたな。
お母さんがいたころは、お父さん、今日はお店の魚が余るから、こんなもの作るわよなんて言って。

今の子どもたちが店を継がない理由?簡単ですよ。
夜のご飯、食べてるでしょ。子どもたちが小さいころからお前が十何代目だと説明しないと。

でも正直な話、この仕事は手が不器用だとモノにならない。もし器用でも小さいころから刃物持たせないと。
途中からああだこうだ言っても。
箸の使い方は簡単だろうけどぶきっちょだと、どうしても。
今じゃ魚もお母さんがいちいちほぐして食べさせてるでしょ。
人って手から成長してくから。最初のその「手」」を何とかしないと。
大人になると普通は手がかからなくなるもんだ。その手を今じゃ大人がまだまだだと引っ張ってるから大人になれない。
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# by misejimai | 2012-04-03 21:45
2012年 03月 23日

昼どきの咆哮

またしても不毛な夜をくぐり抜け、うつらうつらしていると、昨日から点いていたテレビの中に、
タモリの声を聞いた。
と同時に、彼を上回るあのうわずった声が外で聞こえた。
「あら~ごめんなさい。ご心配かけまして・・・」。
その声を聴いた瞬間、懐かしさが胸にこみ上げてきた。
休業していたラーメン屋のおばさんの声だった。
薄汚れたレースのカーテンも、それを開ける自分の毛深い手も、きらきらして見えた。
今ならば「明日来てくれるかな?」
と聞かれなくても「いいとも」と答えるだろう。
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# by misejimai | 2012-03-23 12:30
2012年 01月 26日

常連になるということ

寒さに目が覚めてしまった時、またもや、現実とはかけ離れた、1つの夢を見ていたことに気がついた。
自分が監督した映画を母校で後輩らとともに見るという観賞会。
そんな夢にも一向に追いつかない現実に枕元で苦笑していた僕を次に襲ったのは、
近くに構える、あるラーメン屋に関する、悲しい予感だった。

8年前、新しく今の場所に引っ越し、妻との結婚生活を始めた時からよく食べに行っていたその店。
長方形の店構えで、入るとカウンターとテーブルが、1本の通路を隔てておしくらまんじゅうのように居並んでいる。どちらも丸椅子。どのテーブルにもある、業務用のでっかいコショウの缶。
ラーメンの原点ともいえるしょうゆ味の懐かしい味。
隅っこのテレビはいつも必ずNHKという、ごくありふれた店。
そして、営むのは老夫婦。
口少なめだが、良い仕事をしてくれる、おじさん。
とにかく明るい接客で、まだ食べてもいないのに幸せにしてくれる、おばさん。

僕らの部屋は角部屋なのだが、その部屋から見える道から、よく店のおばさんの威勢の良い声が
響いていた。
「はい、いらっしゃ~い」
「はい、どうもね~」。
客がサッシを開けて出入りする時、店の中から叫ぶ彼女の声が漏れ聞こえてくるのだ。

仕事柄徹夜をすることもあるため、起きた時にはタモリが画面で歌っていることもよくある。
そんな歌声を聴きながら、カーテンを開け、ベランダのガラスを開けて前夜までの重たい空気を入れ替える
とき、外から聞こえてくる「はい、いらっしゃ~い」というあの声を聞いて、
「ああ、今日も頑張ってるな」と元気をもらって、また今日という日を生きようとするのである。

かれこれ8年。
アパートの裏手にあることから、正しい店名で呼ぶことはなく、親しみをこめて「裏」と言っていた。
だから、その店に行くときは「裏、行こうか」となる。

そんな裏から、最近、おばさんの声が聞こえなくなった。
ああ、今日は定休日だからか。
いや、遅い正月休みかな。
そんなあやふやな自分への言い訳が続いて2日、3日、4日・・・
カーテンを開けて、店を見るが、営業している気配がない。
営業しているときはちょっと道路にせり出しているピカピカ光る店の看板が、おとなしく奥で息を殺している。

1年前に、おばさんが腰を痛めてだかして入院し、店を少し休んだことがあり、そのときは入院する前に
僕らに事前にその旨を伝えてきた。
でも今回は、1月に入ってから一度ラーメンの「食べ初め」だということで暖簾をくぐったとき、
休業するという話はまったく出てこなかった。
多分だが、つまりは突然、だったのだ。

昨日の夜、夫婦で外に出るときさすがに気になって、「ちょっと裏、行ってくる」と言い残して見に行くと、
「しばらく休業」の文字が。

個人経営の店の閉店の張り紙を見ると、「良い話が聞けそうだ」なんて他人事のように
それを期待している自分がいるが、
本当に常連だとそんな気にもならない。

いつもなら、「良い貼り紙だ」なんてブツブツ言いながらデリカシーもなくシャッターを切る自分がいるが、
本当によく行く店だと撮りたくないことがよく解った。

この8年間、夫婦に子どもがいるような話は耳にしたことがない。
というより、子どものいない僕ら夫婦にとって、「お子さんは?」という質問を他人にするということが
いかに傷つくことであるか我が身を切られるくらい分かっているからだ。
ただ、ほかの常連さんとの会話でも、そういう話が一切出てこないということ、また、この8年、お子さんらしき
人の姿を見ていないということから察しても、お子さんがいるいないにかかわらず、この店の後継者はいないのであろうということだ。

後継者がいない店の常連になるということは、リスクがつきまとう。
やがて来る店主の体力の限界、そして閉店だ。
そんな痛みも、店主が元気なうちは気にも留めない。頭の隅によぎることもない。
だが、それが徐々に現実のものになったとき、それまで考えていなかった時間の分だけ、
不安が怒涛のように押し寄せる。

普通の人よりだいぶ多めに閉店を目の当たりにしてきた僕の、当たってほしくない、いやな予感。
それが杞憂に終わることを願いながら、もう一度床に就くことにする。
おじさんが作ったラーメンを口にしたときの口福を味わい、
おばさんの「はい、いらっしゃ~い」が再び聞けることを期待しながら、
もう一度、冒頭の、追いつかない夢の続きでもせいぜい見ることにする。
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# by misejimai | 2012-01-26 04:02
2012年 01月 16日

久々

未だ生活という名の苦痛を強いられ、果たされないままの約束を抱えている人々がいます。あの日から、僕はこのブログの続きが
書けなくなりました。
なんてかっこいいコト言うわりに、いつしかテレビで腹を抱えて笑っていたりします。ましてや、書く時間がなかったのかといえばそうではなくて、切った爪をわけも無く確かめたり、手の平を眺めて運命線が変わってないかなと思ったりして、持て余すほどでした。
2011年前半には本を出版したいという夢はズルズルと延び、近所に停めてあった、ママチャリの後ろの、子どもを載せるカゴは
いつしか取り外され、アパートのとある一室の、朝方ドアノブに掛けてあった、「赤ちゃんが寝ています」という札も掛けられなくなりました。
でも、どこからともなく聞こえてくるピアノの腕は相変わらず進歩がありません。

あれだけ熱のあった出版社の人も、ほとほと愛想を尽かしているようです。それはひとえに僕のせいです。
いずれにせよ今年じゅうには本を出せるとは思います。ブログは書くと思います。毎日覗いて下さっている奇特な貴方、期待しないで
待っていてください。それまで別の面白いブログでも見ていてください。
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# by misejimai | 2012-01-16 00:07