店じまい・店びらき ~閉店のヘキレキ~

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2008年 03月 28日

ブーム

今日の「だって!」は、
広尾のサブウェイにあった貼り紙。
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だって!
エド・はるみ効果だね!
ブームの一端だね!
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by misejimai | 2008-03-28 15:32 | だって!
2008年 03月 27日

取りに来てね

今日の「だって!」
王子駅をぶらぶら歩いていたら、見つけたこんな貼り紙。
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だって!
僕もメガネかけているからその不便さが分かるんです。
見つかったってよ!
よかったね!
早くこないと、寸胴の中に入れて豚骨と一緒に8時間煮込んじゃうかもよ!
ラーメン屋「みの麺多」で思いっきりお預かりしてます!
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by misejimai | 2008-03-27 10:26 | だって!
2008年 03月 24日

人が根を張って生きること

e0030939_22135750.jpg今日の店じまいは、北区滝野川にあるパン屋さん
「丸十カーザー」。
1月31日に閉店。

















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貼り紙の前で写真におさまるのがその店主、山口行夫さんだ。
42年間、コロッケパンやあげパン、魚肉ソーセージが入った
にくパンなど、
街に美味しさと笑顔を届けてきた、滝野川のジャムおじさん。
奥様と二人三脚で営み、商店街の入り口に構える店を
行列のできるパン屋にしてきた。
残り物は安く売らないことがモットー。常に夜7時まで売り切れる店を目指してきた。












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※何もなくなった店内に残る、パンなどの値段が書かれた張り紙。

娘2人が生まれた時点で
後継者はあきらめていたという。
4年前、中山道をはさんだところにあった
池袋商業高校が統合・移転し、
高校生のお客さんが減った。








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風がいつもより強く商店街の幟を揺らしているから
幾分、僕の声も大きくなる
BGMはひな祭りの曲だ
ループで流れるのん気な音が、真面目すぎる話を茶化している
2月末の散歩 
偶然の来訪 
3月1日の取り壊し
僕はこのジャムおじさんと話した
でも店にはパンの残り香はどこにもなかった











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「次はタバコ屋になるんだ」
そう言ったジャムおじさんの顔が赤いのは
ほろ酔いじゃないぜ
やり終えた満足感で顔が紅潮してるんだ
風はまだ強い













話を聞いている間じゅう、山口さんは行きかう人とみんな面識があるのか、
挨拶が絶えなかった。
商店街を歩くとそこかしこに、立ち話の花が咲いている。
声がある商店街がうらやましく感じた。
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by misejimai | 2008-03-24 02:11 | パン屋さん
2008年 03月 18日

VOW的なもの

水天宮前を歩いていたら
こんな文字を発見。
たまにはこんなものも。

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by misejimai | 2008-03-18 21:59
2008年 03月 18日

遺物

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家人と先日、富士急ハイランドへ遊びに行ったら
こんな看板を見つける。
アトラクション「ロッキースライダー」の終了。
ロッキー山脈の急流を丸太舟で下るもので、
水に濡れはするが、平和な乗り物だった。













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かつてはここにも歓声と笑い声がこだましていた
跡地には新たなアトラクションができるという
敷地を無為に遊ばせておく富士急ではない
ええじゃないか、ドドンバと絶叫マシンが先鋭化する中で、
70年代の富士急ハイランドを代表するアトラクションだった
2011年の新アトラクションに期待するばかりである

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by misejimai | 2008-03-18 11:02 | 遊園地
2008年 03月 14日

銀座の夜

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創業51年、銀座1丁目の小料理屋さん「卯波」(うなみ)が閉店。


e0030939_7463838.jpg創業者は鈴木真砂女(まさじょ)さん。
安房鴨川・海の町。三百有余の老舗旅館。三女に生まれたお嬢様。波の音が子守唄。
女学校卒業後、結婚するも夫が蒸発。亡き姉の夫と結婚し、宿の女将に。
まだ姦通罪といって懲役刑が成立していた時分、
妻子ある士官と道ならぬ恋。50の齢で生家と
訣別、身一つ。
周囲の温かい情に支えられて銀座の場末に構えたのが「卯波」だった。



毎朝河岸で仕入れをし、
夕刻は割烹着で客の軽口に応えながら衣かつぎや濃厚な風味の揚げじゃが芋を作っていた。

店を閉めた毎晩、稲荷に十円投げてお祈りし、静かな路地にひそやかに、暮らしを立てて幾年月。

前にあったバー、稲荷の隣のうなぎ屋さん、路地の入り口のお寿司屋さん…
路地の賑わいを作っていた店が次々と仕舞って、卯波はいつの間にかこの路地一番の古顔となった。

e0030939_7551021.jpg9坪の店内、9席のカウンター、4畳3畳小上がり
2つ、黒光りした柱の一本一本…守ってきたのが孫の今田宗男さん(47歳)である。

気取らず、偉ぶらず、天性のおおらかさと商売の
半分を「情」で切り盛りする銀座の商人(あきんど)気質。今田さんにとって誇れる「おばあちゃん」だった。好きな人を紹介したこともある。また仲も良かった。
「お互い性格も似てましたし。さっぱりしていて、
楽天的なところとか」。


だが真砂女さんが92歳のとき腰を痛めた。長引く入院。
「自分がやれるうちはやりたい人に任せたくない」と意地を張ってきたが、
退院後はすっかり足が弱り、ほとんど店に立てなくなってしまった。

e0030939_9293796.jpg折に触れ、「このお店、宗男がやってくれるといいんだけどねぇ」。
サラリーマン時代は聞き流していた
その言葉がそのときは重く感じた。
職に区切りがついたので見習いから始め、真砂女さんの日課だった仕入れや、店が終わってからの従業員の夜食作り、布巾の洗濯、掃除…。
褒めてもらうことはなかったが、おばあちゃんの
ひそやかな期待に応えようとした。
そして健康を気遣った孫は祖母と2人一緒に
暮らし始めた。


朝、一緒にマンションを出てバスやタクシーで店に行く道中の会話が楽しかった。

2002年、真砂女さん95歳のとき、今田さんは代替わりをした。
店の将来にほっと安心したのだろうか、翌年の2003年、96歳の大往生。
 
そして2007年7月。
それまでこの土地を貸してくれていたオーナーが他界。
別の人物が借地権を継いだ。
だがその人はこの路地のことなど全く与り知らぬ門外漢。
立ち退きを勧告した。
あっという間に、そしてそそくさと周りの店は移転していった。
卯波がひいきにしていた隣の魚屋までも。

今田さんは言う。
「銀座は個人商店が残れる場所ではなくなっていますね。
 コマーシャリズムに毒されている。もう町の個性はありません」


e0030939_9325650.jpg閉店の数日前、店の前は時ならぬフラッシュの放列
狭い路地は名残惜しむ人の閉店詣で
何事かと立ち止まる人々

店内は奥の間の敷居を取り外して満杯だった

常連さんの中に1人入り混じった僕は
他の人たちが、うらやましくも感じた
みんなこの店を見てきた生き証人

「東京歴史散歩の会」というサークルを立ち上げている男性2人と相席になった
僕が「散歩の達人」のライターだということを知った今田さんの計らいだった

その男性は週に2度は来ていたという
職業は建築士ではあるが、今田さんに頼まれて店内のトイレのカギを
取り付けたことを誇りに思っていた

「ユンボでガッとやるだけで今まで築き上げてきたものが壊されて
 更地になる。寂しいよね。でもまた店やるんじゃない?今田さんのことだから」
 
隣のおじさんがほろ酔い加減で言う
「やっぱりきてよかった。オレ今日立川から来たんだよ。来るとこないとでは大違い」

あるところでは
「やあ、宗男さん、記念におしながき持って帰りたいわ」

またあるところでは客同士が、
「じゃあ、また次の店で会いましょうウフフ」
と今田さんがどこかまた別の場所で店を開いたときに、再会を約束していた

今知り合った人でも同じ店の思い出を共有したい人たち
自然と会話ができていた

客1人が出るとまた1人入ってくる



e0030939_9471072.jpgひとときの時間を過ごして店を出た僕に夜風が優しい
目に飛び込んできたのはビルの再開発の現場



壁に書かれている文字がむなしく見える。

銀座を1人歩く
昔を懐かしんで植えたのだろう、
柳の木も排ガスや輻射熱で立ち枯れるだけである
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by misejimai | 2008-03-14 09:52 | 小料理店
2008年 03月 05日

再開

長らく長らく、お待たせいたしました。
そろそろ再開しようと思います。
今まで「散歩の達人」に載せられなかった
エピソードも含めてこの半年分をアップしていきます。

ちなみに「散歩の達人」の連載は来月で終了させていただきます。
こちらの読者の方々、長い間ご愛読いただきましてありがとうございました。
今後とも「散歩の達人」ともども宜しくお願いいたします。
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by misejimai | 2008-03-05 23:39