店じまい・店びらき ~閉店のヘキレキ~

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2006年 06月 30日

文化学院2カ月後

4月21日に撮った、文化学院のその後。
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建物を断片的でなく継続してみていくと
うつろいが分かるから、
なお
かなしい

そして・・・
この文化学院の生徒たちで結成されたバンド、のちの米米クラブ
ノリとシャレではじめたバンドだったけど
友情という
仲間という
“何より大切なものを気づかせてくれた”学生時代
すっかり白化粧した校舎も、9年ぶりの復活をきっと喜んでいるはず
再結成ツアーまであと2カ月
今度の2カ月後は
この校舎
どうなってるのかな

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by misejimai | 2006-06-30 22:29
2006年 06月 30日

追憶・庭で、ウンコを鍋で煮たため閉店-そして昨日

東京・中野区弥生町、川島商店街。
台紙に自分で糊をつけ、スタンプカードを貼ってポイントを集めるシステムが残っている、
由緒正しき商店街。
中央には信金や公園や珈琲館があり、午後の賑やかな時間帯にはポールモーリア・サウンドが
BGMで流れている、いわゆる定番の商店街。

ここで昨年夏、持ち上がったのが、異臭騒動だった。
異臭のもとはウンコ。
それも、自分のウンコを煎じ煮詰める「排泄物おじさん」(57歳)の仕業だった。

商店街から10メートルも離れていないアパート、その屋根駐車場の地面に置いた鍋の中に、
自分のウンチと残飯を入れて一緒に煮るという古代人も考え付かなかった奇怪な行動。

煮詰めたものを何か地球のために役立てるのかと思えば、約1メートル四方の穴を掘って
埋めるだけ。

本職は司法書士という57歳の彼が排泄物おじさんとして有名になったのは2年半前。
周囲に立ち込め始めたウンチの臭いによって暑い日も窓を開けることができず、洗濯物も干せなくなってしまった。
ある住民は家に臭いが入らないように、 玄関を二重扉にし始め、さらに住民の1人は朝の日課として、男性宅近くに消臭剤をまき始める始末。

住民も辞めてもらうよう注意をしたのだが、おじさんは「自分は、迷惑なんかかけてない!」の
一点張り。
が、そこは素直な小学生や中学生、下校時など彼の家の前を通るときは「こんにちは」の挨拶代わりに「くっせぇ~」と言いながら通り過ぎていた。

実質的な被害はみるみる増加。
客足の減少、
アパート入居者の契約見合わせ、
貸し店舗テナントの解約、
防臭扉の設置・・・

そして、さらに実害が出たのは2004年3月のこと。
排泄物おじさんのアパートの前にある雑貨屋、「きゃろっと」が閉店したのだ。

中野区商店街連合会「ハートビートなかの」のホームページには、その「きゃろっと」の情報が
残されている。
以下、原文のまま。

「ファンシーショップ《きゃろっと》は、本社(有)サン・どあ~るのアンテナショップとしてここ川島商店街にショップを構え、ファンシーグッズを販売しております。また本社(有)サン・どあ~るは中央官庁を主体として幅広く販売網を駆使し、ドイツのフェイラー(タオル製品)を直輸入販売
価格を市価の2割引にて御提供申し上げております。フェイラーのハンカチにつきましては国内で販売していない商品が数多く大変好評を頂いております」


だが残念ながら、「子供が悪臭や気味悪がって来なくなった」と閉店した。


昨年夏にワイドショーに取り上げられたことから、半ば観光地化した川島商店街。
「ウンコおじさんの家の前でカレーを食べようオフ会」が開かれることもあった。

だが、物見遊山の人足も少なくなり、他力本願ではなく(笑)、
いよいよ本腰を入れて商店街の復興に乗り出さなくてはならない真夏の騒動から1年。

昨日の午後、彼のアパート共和荘に規制線が張られ、ついに家宅捜索が入った。
東京都環境確保条例違反容疑である。

もともと条例、悪臭は規制できるのだが、あくまで事業所や工場が対象。
「そもそも庭に排泄物をためる行為を想定していない」ということで住民、警察、行政三者の
お手上げ状態が続いていた。

だが、 あの騒動からというもの、
近所の住民らの苦情を受け、区が悪臭を出さないよう指導や警告、命令を出したにも
かかわらず、おじさんは煮ることを辞めなかった。

そのため、警視庁の生活環境課が動いた。
現在、おじさんから事情を聴くなどして、ごみ放置の動機や経緯などを調べているという。


彼がウンコを煮ていた理由は結局のところ何だったのだろうか。
創価学会への嫌がらせとか、遺産相続のトラブルで、
兄弟を寄せつけない為に匂いのバリアを張っていると言われている。

だが、警察はその理由をユルユルではなく、カチカチに明らかにしてほしい。
こびりついて離れない心の老廃物を落としてほしい。
黄色、ではなく白黒つけてほしい。消化不良にならないように。
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by misejimai | 2006-06-30 22:03
2006年 06月 29日

タモリ倶楽部ご用達の街

e0030939_23104772.jpg今日の店じまいは、東急目黒線、
品川区西小山にある洋品店「みのり」。

















e0030939_23125659.jpg西小山駅の改札を出て左側にある
”東栄会”と”すずらん通り”が街路灯を
新しくし、
それに伴い通りの名称も
”西小山パテオ”になった。
名前の由来は”武蔵小山パルム”に
対抗したとか、しないとか。















e0030939_23224675.jpg通りにはインストゥルメンタルのムード
歌謡が流れ、
そこかしこに、この街の成り立ちや名勝などを書いた街路灯が伸びている


















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閉まった店の前にも、街路灯ではないが、
イーゼルに置かれた由来が当たり前
のように置かれている
半世紀の歴史も、新しい波の前には形無しということか

貼り紙は「みのり」の“り”の字を丸々隠し、
その貼り紙の前には衣装ケースが置かれ、
その隣にイーゼル


タモリ倶楽部のロケがよくあることで知られる街、西小山
タモリが見たら、何を思うだろうか
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by misejimai | 2006-06-29 23:31 | ブティック
2006年 06月 28日

薄皮1つ首の皮

e0030939_1852222.jpg今日の店じまいは
新橋駅徒歩2分、
日本初の餃子スタンディング
バー、
「故宮水餃」(こきゅうすいぎょう)。









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隣の店も知らなかった突然の閉店。
路面には看板、伝票、お店が掲載された雑誌など大量のゴミが散乱したままだった。
ホームページにも何も告知されていない。一体何があったのか?



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オヤジ、コップ酒、ガード下…
といったイメージが強かった
「立ち飲み」「立ち食い」の店

そして今、寿司、焼きとん、お粥などワンテーマの料理で勝負する
立ち食い店が多くなってきた
この店は餃子
しかも水餃子




でも今まで食べてた水餃子は湯の中に浸かって出てきた
しかし、ここのは湯無し
丸裸の水餃子は寂しげで、目を合わせるのが何だか恥ずかしい

そんな思い出を語る者も
時の流れとともに減っていくのだ

銀座の一等地
20の席は常に満員
肩をぶつからせながら
食べていた
まさか赤字の筈もあるまいに

餃子は合わせ目が薄くないと食感が均質にならない
ここは特に薄かった
薄皮1枚でつながれていた職人芸はその薄さゆえに
切られた首の皮

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by misejimai | 2006-06-28 10:59
2006年 06月 26日

弁明書を書く

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警視庁放置駐車対策センターから
届いた封を開いてみると、
弁明通知書と、1万円を支払う払い込み書が入っていた。

弁明通知書というのは、道路交通法により、弁明する機会をあなたに与えますよ、
という通知。

つまり、「弁明書」というのはそもそも同封されておらず、あとで個々人で勝手に書け、ということらしい。
広告の裏とか、わら半紙とか、紙であれば何でもいいということだろう。
もしくは、古代エジプト人が使ったパピルスでもいいのだろう。

とりあえずパソコンで打った文章はこちら。


弁明書

私本名は、6月14日午後17時1分、
新宿区百人町4-5の路上において、愛車を路上放置したとして違反と判断されました。

さて、ここからはこの係る事案に対して弁明いたします。
私はこのとき、写真の撮影をしていました。
移り往く都市の記憶を。
閉店する店。
人の思い出の中に留めるようにと。
貴殿にも、愛着があったのに、閉まってしまったお店、ありませんか?
行き着けの店。
看板娘見たさに通いつめたお店。
にぎやかな店内。
その空間に居るだけで幸せな気分に浸れた。
そんなお店の閉店の貼り紙をカメラにおさめているのです。

道路交通法も大事です。
社会生活を送る上でなくてはならない法律といえるでしょう。
そう、法規を放棄して何になるというのでしょうか。
交通の遵守、それこそ自動車を運転するドライバーが本来するべき大人
のルールです。

しかし、あなたがこうして違反金をドライバーからいただき、仕事として
まっとうしているのと同じように、個人商店の店主も、必死にお客様に
手厚いサービスと真心の精神で経営を成り立たせているのです。
しかし、小泉首相の景気回復策は一向に、個人商店に目が向いていません。
見るも空しいシャッター商店街。
嗚呼、閑古鳥が今日も鳴いています。

その閑古鳥の泣き声は私には店主の悲鳴に思えてなりません。
毎日何通、いや何万通と送られてくる弁明書に目を通し、日々道路交通
に思慮する貴殿は、きっと交通弱者にも目を配ってくださっているはず
です。

今や日本は高齢化社会、いや完璧な高齢社会です。
お年寄りが信号を渡って歩いているとき、車は止まってその人がたとえ
遅い速さでも道を譲ることでしょう。

さて、私たちがなすべきことは、そのお年寄りを道路を渡りきれるのを
見守ることだけでいいのでしょうか?
もし、そのお年寄りが個人商店を細々と営む店主であったとしたら、
そして今まさに店を断腸の想いで閉めようとしていたとしたら、
私はその店主の話に耳を傾けたい。
いや、今さら閉める店のことを聞いて何になるのかという店主もおそらくいると思います。

しかし、お年寄りは話したがっています。
耳を傾けて親身になって話を聞いてくれる人を待っているのです。

そんなとき、私は傍に寄り添って話を聞くのです。
店の思い出、客とのちょっといい話、最後のメッセージ・・・
それらはすべて、1つ残らず後世に伝えるべき財産です。

人の人生は、どんなにその人がちっぽけだと卑下していようと、
プライスレスな財産です。

今しかないのです。
今しか撮れないのです。
私ができることをまっとうしたい。
そのために、地べたを這いずり回ってでも、仕事がどんなに忙しくとも
私は日々閉まる店を焼き付けているのです。

あなたが路上駐車した車を確認してからの15分間に、
今日本でどのくらいの店が潰れているかご存知ですか?
いや、それは私にも分かりません。
しかし、一刻一秒を争う仕事を生業としている貴殿であれば、
時間の大切さが分かるはずです。

店が存亡の危機にあります。
閉店の憂き目にあっているのです。

私は人の痛みを理解できる人間になりたい。
そう思っています。

これ弁明と代えさせていただきます。
宜しくご検討のほどお願いいたします。

平成17年6月25日 (自分の名前)



ケンカを売ってるとしか思えないのだが、
とりあえず送る。
本来であれば、1万円を払えばいいのだろうが。
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by misejimai | 2006-06-26 12:45
2006年 06月 24日

改正後 初駐禁 

e0030939_21355287.jpg今日の貼り紙は、駐禁の貼り紙。閉店ではない。


実はこの貼り紙、14日のものである
そう、ついにやられたのだ
高田馬場、早稲田通りの路地を入った穴場の道路
路上駐車ファンには絶好のスポットだった

駐禁切られまくって半年間免停になった男です
豪雨の広尾を、愛車を牽引するレッカー車を追いかけた男です
黄色い輪っかを無理やり取ろうとしてサイドミラーを壊してしまった男です


だから僕だって好きで停めているわけではない
でも君、2時間停めてれば、貼られるよ
ちなみにこの貼り紙、一度剥がしてまた貼って撮ったものである


でも大体、この広い通りで
何の支障があるというのだ
それ以上に怖かった家人の逆鱗


だが僕はくじけない
今日、自宅に送られてきた弁明書に
この閉店観察のことを延々と述べてやるのだ
偉大なる都市の遺産として
思い出のあふれる店の記憶の語り部として
撮影する義務を持っているということを
とうとうと、
述べてやるのだ

路上観察ファンは多いのに
閉店貼り紙を撮影する人は
僕以外しかいないという現状の中で
誰か同士はいないのか?


監視員だか何だか知らないが
デジカメ持って街中をウロつくのであれば、
閉店した店の1つや2つ撮ってみやがれってんだ

ハァ~

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by misejimai | 2006-06-24 21:40
2006年 06月 24日

おいしいクロワッサン

今日の閉店貼り紙は、
飯田橋駅前にある箱根ベーカリー飯田橋店。
本店はもちろん箱根。
そもそも、都内の営業拠点として事務所を飯田橋に構えたときに、
副業としてこの店をやっていた。
箱根・小田原方面でチェーン展開を図りたいため、都内のこの店を閉めたという話もある。
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いいじゃないか、閉店の裏に何があったって
パンが美味しければ
焼き色も良く、普通より2倍も大きいクロワッサン
ちぎると広がるバターの香り
サクサクと歯切れは抜群
何個でも食べられるから不思議

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by misejimai | 2006-06-24 19:41 | パン屋さん
2006年 06月 24日

100%オフ

e0030939_022811.jpg今日の貼り紙は神田神保町
一丁目の釣り具屋さん、滝沢。





















e0030939_0223713.jpg大体もう釣りやる人なんていない
でしょ
おばさんは電話ごしで皮肉めいた

店主であるご主人の長期入院
今は病を押して、病院から抜け出しては店に立つ日々
でも、愛着があるけれど
もうできない
医者にも養生を薦められた

店を畳む
ならば、思い出に残るものは目の届くところに置いておきたくない
だからタダでもいい、持っていって
くれる人がいるならば
覚悟の上の100%オフだ





ご愛顧を戴き・・・
律儀に貼り紙を書きたいが
そんな余裕も今はない

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by misejimai | 2006-06-24 00:26 | 釣り具屋さん
2006年 06月 23日

幸せな結末

今日は「有名人のお店の閉店」。

木村拓哉の両親が経営するイタリアンレストラン「ラ・ボニータ」がオープンしたのは、
1997年10月。

息子・拓哉はというと、前年96年のドラマ「ロングバケーション」で大ブレイク。
ピアノを習い始める男性が増えたり、撮影で使われたマンションが一大観光スポットとなるなど社会
現象になった。

さて、そのころ木村は、1匹の犬をもらう。
誕生日に、ドラマ「眠れる森」のスタッフがプレゼントしてくれたのだ。
黒のラブラドール。

彼はまだ名もない犬に、スペイン語で「きれい」「可愛い」を意味する「ボニータ」と名づけ、
かわいがった。スタジオにも連れてきたことがある。
番組では何度となく、犬の話題をした。
初のフォトエッセイ「解放区」の表紙でボニータを見つめていた。

大好きな海にも連れて行って遊んだ。
だが、あるとき沖まで流されてしまい、慌てて海上保安庁を出動させたこともある。

そんな息子が溺愛する犬の名前を、両親は新しく始める店につけた。

1、2階合わせて26席の小ぢんまりとした店。
料理は基本的にイタリアンだが、味は日本人向けにアレンジ。
本場のメリハリのある味より、やさしい味にした。
母親が接客。父はもっぱら経営。店にも顔を出すこともあった。


「ラ・ボニータ」はSMAP、キムタクファンでオープン当初からにぎわい、
なかなか予約が取れなかった。
子供から92歳のお年寄りまで、全国から食べに来た。
勢いを駆って、川崎の鷺沼にも店を出した。

だが、去年の7月27日、一号店である砧店は店を閉めた。
この日にちの理由は、店舗の賃貸契約が切れるためだという。


さて、その店名にもなった犬のボニータは今はどうしているのかと言うと・・・

木村が工藤の両親の家に婿入りした後、工藤家にマスコミが張り付き出してしまった。
そして昼夜関係なくインターホンを鳴らされるのでボニータはノイローゼになってしまったと
いう。

そこで環境を変えようとなり、結果、木村の実家に預けられた。

人気の息子が可愛がっていた犬の名前を、両親は店名として使い、店は盛況を極めた。
その後、息子にかつてのカリスマ性が失われていくのと歩調を合わせるかのように、
店に並ぶ行列もなくなった。
結婚後、飼い主である息子は諸事情により、愛犬を実家に預けた。
店は去年ついに幕引きをしたが、店名の由来となったボニータは実家にやってきた。

さて・・2001年に放送され、フジテレビ連続ドラマの平均視聴率1位を獲得し、
全話30%越えを果たした「HERO」にキムタクが再び挑むという。
「続編」を嫌い、「ロンバケ2」の話をも蹴った彼の心境にどんな変化があったのか。


だが、
かつての飼い主の胸のうちを知る由もなく、
ボニータは実家で幸せに暮らしている。
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by misejimai | 2006-06-23 00:13 | 有名人のお店
2006年 06月 22日

久しぶりに保田圭を見た

e0030939_20203873.jpg今日は「テレビ・雑誌で紹介されました」。
浅草の人気焼き肉屋、大昌園。
レバ刺しとミノが美味しい。
元モー娘。メンバー・保田圭が通う店としてファンの間では有名。
店先にはここで撮った彼女の写真集が飾られている。














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彼女は今、何をしているのだろうか?

いつも冷蔵庫にイカを入れている保田圭
父親が「翔んだカップル」の登場人物から命名した保田圭
自分が外国人なら「サマンサ」という名前がいいと思っている保田圭
幼少の頃、感動しながら読んでいた伝記「ヘレンケラー」のように、
他のメンバーに隠れて、なかなか光が見えなかった保田圭
彼女と同様に、今は何してるか分からない市井沙耶香に
「エラ張ってるね」と言われた保田圭

でも人一倍、努力家で勤勉家
どんなにイジられてもいつも笑顔を絶やさなかった

今や、誰が誰だか判らない「娘。」
99年の年末、
どこのカラオケボックスからも聴こえた「LOVE マシーン」の頃が懐かしい
あれから日本の未来は変わっているか

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by misejimai | 2006-06-22 21:07 | テレビ・雑誌に紹介されました