店じまい・店びらき ~閉店のヘキレキ~

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2005年 09月 30日

地球か、経営かそれが問題だ

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今回の閉店貼り紙は、広尾にある
クリーニング屋さん。
閉店まであと1カ月。


「都内で一番小さいし汚い店」
と奥さんは言った
「でも一番丁寧にやってきた」とも言った

そんな店が終わる理由
それはドライクリーニングに必要な溶剤が
なくなったこと
その溶剤
製造自体は10年ほど前に中止されたが
今まで貯めていたものを少しずつ
使ってきたという
その溶剤の名は
フロン




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オゾン層を破壊し、我々の生活を脅かす存在、フロン
だが、ドライクリーニングでは
他の溶剤にはない仕上がりが
フロンにはあるという

他の店が違う溶剤に変えている中、
仕上がりのためにフロンを使ってきた
しかし残された液体はわずか

「いっそのこと店じまいしようと決めました」

でも店を切り盛りしてきたご夫婦は
まだ服を取りに来ていないお客さんのために
店をたたんで営業を終えても
11月まで待ってます

その後ご夫婦はご主人の田舎に戻り
余生を過ごす

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by misejimai | 2005-09-30 21:43 | クリーニング屋さん
2005年 09月 26日

直径4メートル

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今回の閉店の貼り紙は、中野区弥生町にある、いやあった
「ろいやる」。
とんかつ屋さんである。









味に香りに彩りと  
薄衣にギュッと詰め込んで
低温で二度揚げした ロースかつ
黄金色に輝く宝物をお箸でおごそかに割れば
肉汁とお母さんの優しさがあふれ出す
胃もたれしない“あっさり”風味


本店は、同じ弥生町にある「皇華飯店」 
中野新橋では有名な中華料理屋さん 
“冷めても美味しい中華”が売り

その本店を切り盛りする息子が、ある時  
横断歩道を渡ろうとする母親を見かけた

「ろいやる」を曲がる交差点にある 
わずか4メートルの横断歩道

信号が赤になるまでに渡りきれていない母親を見て
息子は決めた
「もう、閉めさせてあげよう」

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「死ぬまで続ける」
そう固く心に決めていたお母さん

お笑い芸人と力士の町、中野新橋に構えて17年
お母さんと常連の客たちが、長い年月をかけ練り上げてきた空間「ろいやる」

人が店閉まいを決めるのは、
意外にあっけなかったりする

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by misejimai | 2005-09-26 22:09 | とんかつ屋さん
2005年 09月 25日

閉店ラッシュ

今回の閉店の貼り紙は日暮里にある、いやあったオリジン。

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あと、どれくらいデジャブが続くのだろうか?
生まれる店もあれば、廃れる店もある。
これが世の常ならば、別段、悲しむことはないのに、
なぜか悲しい。

でも僕がもっと悲しいのは、
高田馬場にあった閉店の貼り紙と同じデザインのものを使っていること。
使い回されることほど、悲しいものはない。
人の命が地球より重いのに、
「店」の命は、そんなものなのだろうか。

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by misejimai | 2005-09-25 16:52 | 弁当屋
2005年 09月 24日

デジタル化の波で閉まる写真屋さんをデジカメで撮る

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今回の閉店の貼り紙は荒川区荒川三丁目・仲町通りにあるカメラ屋。
現在は残務整理に追われている。
本店を経営している叔父さんは体調を崩している。












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「赤ん坊の頃から泣いて困った」と祖母は言った
僕の1歳のときの写真は泣き顔しかない

定期入れに入れておいた浅香唯のブロマイドを
友達に見られた

高校の卒業式 「そんなに撮らなくていいよ」と
母に言ったら悲しそうな顔をした


たいせつな時間はすべてカメラとともにあり、
写真の中で生きてきた



そんな写真を現像し、何千、何万という笑顔を見てきた写真屋さんが消えている

そんな閉店をおさめるために僕が手にするのはデジタルカメラ

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by misejimai | 2005-09-24 02:49 | 写真屋さん
2005年 09月 23日

完売御礼

そこにいられる幸せ
食べられる幸せ
店主の笑顔を見られる幸せ

店じまいをここまで見てくると
その何気ないありがたさが身にしみて解かる

便りがないのはいいことだと
言うけれど
よほどの常連じゃない限り
店主は人に閉めることは言わない

あの日のつけ麺屋さんの
おじさんの
訴えるような目を忘れない

そして店は閉まり
人は何事もなかったかのように生きる
でも僕はその時の傷がどうしようもなく疼いて
今日もどこかが閉まるその瞬間を撮りに行く
栃木くんだりまで出向いたときには
もうこの撮影は引き返せないと思った

だから
こんな貼り紙を見ると嬉しくなる


e0030939_1824563.jpgお釣りをなるべく出さないように
小銭を財布から探すのも

今じゃしづらい「相席」するのも

日本人の足の長さには高すぎるスツールも

若すぎる店員が皿を落として皆が振り返るのも

すべてが今では愛おしい

明日は我が店
「行きつけ」を大切に
どうかあの時の店にたまには行ってやってください
覗いてやってください
「いらっしゃいませ」は永遠じゃないから



撮影:中野区中野 早稲田通り沿い「おむすび処 かんのや」
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by misejimai | 2005-09-23 17:59
2005年 09月 22日

山口智子の実家の旅館 Part2

白無垢姿で横断歩道を駆け抜けたのは今から9年前
今年5月、彼女の衣装は喪服だった

父親・雅平さんの葬儀で
親族代表として「これからもどうぞここにいらしてください」
と気丈に語る人気女優の言葉も、
総額8億を超える負債の前には、かなわなかったようだ。

伝説のギャルソン・千石が彼女の前に突如現れ、
落ちぶれたレストランを不死鳥のように立て直したように、
「ホテル鯉保も、誰かが来て建て直してくれないかな・・・」
そう、彼女が思ったかどうかは定かではない

しかし実際、創業120年の老舗旅館の建て直しに介入してきたのは銀行だった

結局、倒産、閉鎖

e0030939_23473982.jpgプライベートだけではない

皆が待ち望んだ「ロンバケ2」の噂もいつしか立ち消えになり
ドラマの復帰のめどは立っていない

今、彼女はCMでスクラッチをやっている
そのスクラッチで当てて実家を建て直そうというのか
そんな偏見すら持ってしまう

同じくイオンで買い物をしている
6月にオンエアしていた父の日編は、彼女にとっては、さぞかし辛かったろう

しかしどんなことがあっても
彼女には何より 愛する夫がいる

荒れる大海原でもいい
2人でイカダで乗り出せば

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降車ブザーがどこにあるのか見当たらず、
どこに走っていくのか分からないバスに乗っててもいい
2人で停留所を探せば
必死に
幸せの停留所を探せば

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by misejimai | 2005-09-22 22:48 | 旅館
2005年 09月 21日

戻りガツオは戻らない


大学時代
新聞配達をして貯めたお金で、
「回らない寿司屋」に1人で行った。
自分で初めて、カウンターで食べる寿司だ

不思議なことに僕しかおらず
店主と僕のマンツーマン

さも知っている顔をして、注文を続けてはほおばった
それがどんな魚なのか分かりもしないのに

そこはシメに
うどんを出してくれることで有名だった

「生醤油うどん」に目がついた

「なまじょうゆ1つ」





「お客さん、これ『きじょうゆ』と読むんですよ」

店主が笑った。
もう知った顔はできなかった
マルバレだ

そしてお会計
ドキドキしながら
レジ前に立つ
運命の瞬間


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・・・実に良心的な値段だった
でも店を出た瞬間
寿司の美味しさの喜びよりも
ちゃんと払えたことに
ホッとしていた自分がいた

でもあの時食べたカツオの味が
忘れられなくて
それからというもの、カウンターの寿司屋に行く数少ない機会には
真っ先にカツオを頼んだ

でもどうもあの時のカツオの味ではない
戻りガツオの季節だが
あのときのカツオは戻らない

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by misejimai | 2005-09-21 22:47 | お寿司屋さん
2005年 09月 20日

「勝手ながら休業させていただきます」

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しばらくの間 休ませてくださいなんて
恋人から距離を置こうと言われてるみたい
昨日の別れ際は笑顔だったのに


渋谷区鶯谷「BARBER サカヰ」






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どちらにせよ、僕は試されてる。
恋のピークから、実は始まる下り坂
それが勝負のように
彼女からの提案を素直に受け入れよう
逆に「何があったの?」なんて尋ねると「鈍感ね」と言われるのがオチだから、
何も、問うまい


杉並区高円寺南
「まごころのお惣菜 冨久屋」





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でも 何の連絡もしなかったら
きっと そのまま永遠のお別れになってしまうんじゃないの?
漠たる不安


江東区千石「うなぎのつる美」









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電車の中でちょっと寝たつもりが
次の駅をとうに過ぎていたように
しばらくショックを避けようと目をつむっていたら
そのすきに


世田谷区三宿「クリーニング屋 トモエ」








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取り壊されて
さら地になり
砂に還り
あの時置き去りにされた浦島太郎のように
時の流れの「舞い踊り」にうなされてしまうのかい?

新しい人を作っても幸せならそれでいいんだ
でも新しく生まれ変わろうとしても結局
壁を作ったままだったら 悲しいよ





去年の5月惜しまれつつ閉館した
中野武蔵野ホール。
ドリフの映画をよくやってたのを観に行った。
こぢんまりしていたけど暖かかった。1つの映画をみんなが観ている一体感があった。
取り壊された今も、壁に覆われているだけで何もなっていない。
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by misejimai | 2005-09-20 01:14
2005年 09月 16日

赤い輪ゴムの記憶

何もかもうまく行かないとき
突然 うちの母親が故郷からやってきた
料理を作って食べさせるのも気が引けるしさ
作ってもらうのも恥ずかしかった
近くに食べられる店もなかったので
当時まだ珍しかったオリジンへ2人で買いに行った

ちょっと大きめのおにぎりにさ
から揚げに
ひじきに
カレイの煮付けに
サラダに・・・
「おかずだけで良いよ」と言うのに
母親は 弁当まで
ついつい買ってしまったりして

結局ぜんぶ食べきれなかった


でも僕はそのことより
今まで
家族の中で一番食べると思っていたお母さんが
いつの間にか
少食になってしまったことに気づいて
帰ったあと ちょっと泣いたな

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新しい街に引っ越したとき
カギと携帯電話を家の中に忘れたまま 外出してしまったことがあって
周りに誰も頼れる人もいなかった時
夜遅くまでやっていたオリジンの灯りを目指して 駆け込んで
「カギの救急車」に電話させてくれと頼み込んだ

店員のお姉さんはちょっと戸惑っていたけど
すぐに電話の子機と電話帳を貸してくれたよ
あのお姉さんは今どこにいるかな
チェーン店だから
きっとどこかでまたレジに立っているといいな

さよならオリジン
僕らの街の弁当屋

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by misejimai | 2005-09-16 04:57 | 弁当屋
2005年 09月 14日

サイトの閉鎖文

サイト閉鎖のお知らせ



サイト「考えるホームページ」は本日を持ちまして閉鎖させていただきます。

約7年間、様々な人たちのお世話になりながら運営を続けてまいりました。

今回、誠に身勝手ではありますが、

管理人自身の環境の変化と、それに伴う個人運営の限界のため

「閉鎖」という判断に至りました。

尚、管理人個人は、これからも様々なサイトさんに出没する予定ですし

皆様とお会いできる機会も多々あろうかと思います。



では皆様、長い間ありがとうございました。




これがそのアドレス。


ここまで年を重ねたんだ
なくしていくものもそりゃ増える

「もう失うものなど無い」
なんて深夜2時半、居酒屋に集うサラリーマンのたわ言じゃあるまいし
かっこつけてみても やっぱり無くなるのは悲しい

楽しみにしていた番組のビデオを見ていたら
録画時間を誤ったために 突然、途中でプツリと止まってしまったように

いつまでもこの楽しさが続くと思っていたのに
サイトは突然閉まっていた

あっけない幕切れに 誰を責めても仕方が無く 1人佇む

更新ボタンを押しても同じ文面ばかり



>このブログは閉鎖しませんヨ~びっくりしました!?
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by misejimai | 2005-09-14 15:57