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2005年 08月 31日

「一楽」ここに眠る



「建設予定地」には、かつて別の建物があったということを忘れたくない。

夕暮れの渋谷・池尻大橋。
ビルに邪魔されて満ち欠けの激しい太陽が、駅から吐き出される人の波を照らし出す。

1日の疲れを背負ってくる人々は皆うつむいて、帰途につくために前を向いているはずなのに、何か「後ろ」に歩いているように思える。

人の流れに身を任せてついていった時、並びにあったはずの「一楽」が無かった。
いや正確には店舗はあったのだが、まるで廃屋のように息を殺してたたずんでいた。
一楽と言えば、きくらげの玉子炒めが美味しかったな。
松崎しげるも常連だったそうだ。

そして扉には、店を「廃屋」たらしめる何よりの証拠が貼ってあった。

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向かい側に移転したのである。完全になくなったわけじゃないことを知って
ホッとした。

ふと目をやると、数m先にもう1つ看板があった。
それによると「一楽」の跡地には、高速道路のジャンクションができるらしい。
そう言えば、中央環状線が池尻大橋で東名と繋がると誰かが言っていた。





店がこれまで続いてきた33年間と、これから続く高速道路の100年と、
どちらが大事かなんて比べられるものじゃない。

でも、高速道路のループを造るコンクリートの中には、かつてラーメン屋があったことを
少しでも長く、多くの人の記憶にとどめてもらいたい。

「旧一楽跡」と心に石碑を打って僕は別れを告げた。
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by misejimai | 2005-08-31 09:45 | ラーメン屋
2005年 08月 30日

街の写真屋さんは今いずこ

 DPEショップ「55ステーション」倒産。

「写真できたよ 送ります」
好きな あのコに 近づくために
一緒に 撮った 2ショット
街の 写真屋 駆け込んで
現像 頼んだ 17の夏
「めいっぱい、引き伸ばしてください!!」
かれこれ4日も経ったとき
待ち焦がれていた写真の完成

一にも二にも出来上がり
確かめたくて封から出すと
あのコの笑顔が現れた
思わず僕も笑顔で返す

「好きなのかい?」
店の親父に 感づかれ
「がんばれ」激励 背に受けて
写真を入れて 切手を貼って
ポストの前で神頼み

手紙の最後にこう書いた
「これから2人の写真を増やしていこう 好きです 返事待ってます」
・・・あのコの返事も引き伸ばし


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「写真できたよ 送ります」
そんな 口実 古いわと
先行く デジカメ 笑ってる
今じゃ 時代も進んだもので
コンビニ プリント 気楽なものね
撮ったそばから プリントし
その場で 渡せる 気軽なものも

どこ行く 写真のありがたさ
現像までの 待ち時間
それが いじらしく いとおしく
もらった 喜び 倍増させた





すぐに すばやく スピード化
待つこと知らない日本人
待つこと忘れた日本人

誰かと どこかで 待ち合わせ
携帯 持って 場所確認
そそくさ いそいそ 風情ゼロ

信号横断 交差点
青じゃないのに フライング
そのくせ 赤でも ノロノロ歩いてる

そんな 日本に 誰がした?
「そうだ、首相に手紙書こう」
しかし 彼の頭を 占めるのは
目下 郵政民営化
手紙を 出すのは やめました
あの日のポストの 前でやめました
どうすりゃ いいんだこの 日本
ポストは あんぐり 口開き
返事は 結局 引き伸ばし


少し 本題 それました
ご覧に なってる 上の写真
もちろんと言うべきか デジカメで撮りました

街の写真屋 つぶしているのは他でもない我々で
世知辛い世の中にしているのも疑いようもなく我々で
物騒な時代を引き起こしているのも、その時代を生きる我々で


また本題それました
さよなら 
ごめんね
55ステーション

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by misejimai | 2005-08-30 04:49 | 写真屋さん
2005年 08月 28日

♪おもいで麺

「古武士」が閉店。

つけ麺で有名だった「古武士」(こぶし)の本店は、かつて僕の住んでいたすぐ近くにあった。

スープは魚だしのきいた、和風しょうゆ味。しかもぬるくならないように、
あらかじめ温めておいた有田焼の丼に入れて出していた。

麺は太めでかんすい多め。量も1玉200グラムあったという。
だがスープと相性が抜群だったので、大盛りでも平気だった。

だが、店の場所が人通りの少ない“へんぴ”な所にあったので、
最初は内心、「店、続くかなあ」と心配していた。

しかし、それも杞憂に終わった。間もなく行列店に。翌年の4月には
歌舞伎町に支店を出し、人気は高まる一方だった。

住まいのある地域に有名なお店ができて、誇らしいというか嬉しかったのとは反対に、
何だかちょっぴり遠くに行ってしまった寂しさを今でも覚えている。


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だがその後新宿から目黒に引っ越した僕は、自然と「古武士」から足が遠のいていった。

「潰れた」という話を聞いたのは最近のこと
だった。
店を出しすぎたのが原因らしい。

♪無理して(店を)出しちゃ いけないと
 主人をやさしく たしなめる
 あの人どうして いるかしら
 も一度 「美味しい」 言いたいよ
 おもいで「麺」に酔うばかり


 ゲンコツ 背脂 10時間
 どんこの シイタケ 和風だし
 2日は 煮込んだ 自信作
 うるめの イワシを ブレンドし
 おもいで「スープ」に酔うばかり

写真は渋谷の閉店看板。
新宿御苑の本店にはそんな閉店看板はおろか、
ラーメン屋であることを示す「名残」というか「形跡」すら無かった。

神様、お願いです。
もうこれ以上、僕の好きな店を潰さないでください。
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by misejimai | 2005-08-28 03:06 | ラーメン屋
2005年 08月 21日

390円の幸せ

いつもは通り過ぎてしまうのに、
ある日ある時、無性に日高屋に行きたいと思うことがある。
中華そばが390円という値段の安さは魅力的だが、
行きたくなる理由はやはりその味にある。
「昔」がいつなのか、人にもよるが、
必ず通ってきた優しい味。


そして・・・

提げられないままの皿も、
ぬるい水も、
選曲の理由がよく分からないBGMも、
見事なほど、昔から見てきたラーメン屋だった。

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ただ一つ、「時代も変わったな」と実感することと言えば、
店員に外国人が増えたことだろうか。
「チュカソバ、イチョー」
「ドウゾ」
「アリヤシター」
僕の行きつけの店にはチューヤンみたいな中国人が接客していた。
しかし、ずっと観察していると彼は徐々に日本語がうまくなっていき、
いつの間にか「中華そば一丁」とちゃんと言えているのだった。

だが。
別の日に行くと、またカタコトに戻っているのだった。

でも、店じまいする最後の日は、きっと精一杯の日本語で
「長い間、ありがとうございました!!」
と深々と礼をしたことだろう。
僕はそう信じている。
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by misejimai | 2005-08-21 18:44 | ラーメン屋
2005年 08月 10日

諸般の事情により・・・

ウソに、偽善に、お世辞に、ハッタリ。
…これら大人の必修科目。

かく言う僕も、学んできました。
でもそろそろ、ランドセルの中はそのノートでいっぱいです。
「いい加減、詰め込むのを辞めたらどうだね?」




でも・・・

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そうやっていかなきゃ、ダメなことだってあるだろう。

お客さんに夢を与える
ファミリーレストラン。
「諸般の事情」を1つずつ
挙げていったら、
夢が台無しさ。
諸般の事情は、店長が、
自分の胸の内ポケットに
しまっておけばいい。


・・・大人の授業の時間割。
1つ大事なことを忘れていました。


「しまっておくこと」。


本当に言えないことは、
しまっておけばいいじゃないか。
でも涙をちょこっと流すだけでも、楽になれるよ。
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by misejimai | 2005-08-10 21:42 | ファミレス
2005年 08月 09日

未来>過去

トミーは、ミニカー「トミカ」初の直営専門店「トミカショップ」を
東京駅一番街に2005年8月10日オープンする。
初年度1億5000万円の売り上げを目標としている。



子どもは誰もが車好き。
スポーツカー、はしご車、ショベルカー、時には戦車まで。
ミニカーは彼らの輝かしい未来において、1つの想い出となる。
あんな時期があったな。
人はささやかな想い出だけで、辛いことを忘れられる。


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でも、君にはもう1つ憶えておいて欲しいんだ。
その前に、別の店があったってこと。
笑顔の裏には、涙もあるってことを。
笑いじわの裏には、眉間のしわもあるってことを。
ブティック・ミノリ。
その土壌にその実は合わなかったのかな。
でも、その実がたとえ朽ちようと、違う実がなり、花開く。
夏の日の店じまい。
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by misejimai | 2005-08-09 20:45 | ブティック
2005年 08月 02日

素敵な昭和、お待ちどうさま

「堂食ンダモ橋新」。

かつて日本語が右→左読みだった頃の看板。

床は木の板。
テーブルとカウンターに律儀に分かれ、
メニューはハイカラな洋食が占めていた。
オムライスはケチャップライスをパンケーキ風の
タマゴで巻いてあった。
「昭和」がそこにあったよ。

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競馬新聞片手にコーヒーで粘っていた親父。
いわくありげなカップル。
サラリーマンがテーブルに突っ伏して寝ていたこともあった。
路上の人もいたな。

昼や夜以外は、長居しても煙たがられなかった。
思えば、誰隔てなく迎え入れていた、「時忘れ」の店だった。





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今は風景に没し、誰も見向きもしない。
あの文字の向きのように人は店を右から左に流れる。
そして時忘れの店は時に流され、忘れ去られていく。
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by misejimai | 2005-08-02 20:32 | 食堂
2005年 08月 01日

フェンス越しのさよなら

道路拡張で立ち退きを余儀なくされた、新宿区市ケ谷薬王寺町のガソリンスタンド。
フェンスで敷地内には立ち入りが出来ない。

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夜、ストーブの灯油がなくなって、
部屋は急に寒さと寂しさを取り戻した。
このまま寝てしまおうか。
でも明日になれば、
ストーブに灯油がないことを後悔するんだ。
重い腰をあげて、凍える手にポリタンクを
握り締めて、ちょっと離れた
ガソリンスタンドへ。
夜のしじまに、
その灯りはいつも点いていた。
最初はぼんやりとだったのが、
一歩一歩近づくごとに、その看板は
煌々ときらめきを増す。

自分が来たことを知ると店員が言った。
「いらっしゃいませ!!」


その声は、静けさだけが覆う夜にはだいぶ響いた。
けど、ストーブをつける前に、心が暖かくなったよ。

誰とも話さなかった1日の終わり。
たった一言でも、自分に向けた人の声が聞けて、生きてることを実感した冬の夜。
その言葉だけを求めて出かけていたガソリンスタンドは、この冬を待たずに消えてしまった。
フェンス越しの挨拶を残して。


もう「いらっしゃいませ」は聞こえない。

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by misejimai | 2005-08-01 02:11 | ガソリンスタンド