カテゴリ:ラーメン屋( 12 )


2007年 06月 10日

勇退

今日の店じまいは、5月31日、新橋にあるラーメン勇(いさむ)。
12年の歴史に、幕。

都内を中心に広がるラーメンの一大勢力「元祖一条流がんこ」。
かつてその総本家(高田馬場、現在は池袋)で修行したご主人が開いたお店だ。
8年前、「がんこ」の暖簾を外して営んでいる。


e0030939_1825120.jpg























全く仕事でついていなかった日
どうしてもまっすぐ家に帰りたくなくて
当てもなく街をぶらついていた

裏通りの目立たないところで
頑張っていたこの店に惹かれたのはきっと、
自然な流れだったのかもしれない

でも
店主の親父は誰彼かまわず
しゃべりかけてくる
かと思ったら客に背を向けて
無言のまま
なんなんだこのテンション

ホッペのホクロから白髪の毛が
伸びている

中国人の若い女性の店員かバイトにはやけに愛想がいい

しかも
何だか分からないが、元「がんこ」の名がすたると勝手に思っていた

注文し
やってきたのは
琥珀色の透明感あふれるスープに
黄色の強い縮れ麺
コクがあり、すっきりしていた


e0030939_1835583.jpg











5.31最後の一杯



「常連客らしい男性に、
 うちの卵はどこで取れるか知ってる?
 二子玉(二個玉)と君津(黄身ツー)」 だよ

店主のダジャレも食べ終えた後は
清々しく聞くことが出来た

それから度々来店
ムラがあったりキレが無かったりした時もあった
上品な味になりすぎたときもあった
でも、そんな味も、もう幕引きである



「12年で20年働いた」という言葉の裏には
それだけラーメンに正直に向き合ってきた苦労が伺える

土日は休みだけど、仕込みでほとんど休みはつぶれる。
普段もスープの仕込みで1日4時間も寝られない。
化学調味料は一切使わないため、材料は通常よりも5倍使っている。
チャーシューも4日がかりで作る。
青森の養鶏場で見つけた特大味玉。
原価は190円、それを200円で売るから赤字が続いていた。

閉店の理由は「体調不良」とのこと。
足がしびれるのだそうだ。
何度もぶっ倒れたという。ラーメン屋の名物店主はどうしてこうも足に来るのだろうか。
しばらく休養するという。復帰は果たしてあるのか。
多分、以前ほど客が入っていなかった。雑誌に掲載された直後は混んでいるが。

今月5日、チャーシューの煮汁をお裾分けするタイミングがあったが、行けなかった。



e0030939_1851593.jpg


あのホクロの毛が再び見られるのはいつの日か
[PR]

by misejimai | 2007-06-10 18:07 | ラーメン屋
2006年 12月 21日

Gacktの愛したラーメン屋

今日の店じまいは、20日閉店した新宿歌舞伎町のラーメン店、みよし。
e0030939_2212211.jpg





















本店は京都・三条木屋町で人気を誇ってきた博多長浜ラーメンの老舗である。
「餃子の王将」「天下一品」「ますたに」などと並んで、京都の学生の胃袋を満たしてきた。

この「みよし」、今まで支店は出さない方針を採ってきたのだが、
25年目の今年、初めて東京しかも激戦区の新宿・歌舞伎町に出店した。

開店当初は沿道に置かれた著名人からの花で埋め尽くされ、見る者を圧倒した。
花の贈り主の顔ぶれはYOSHIKI、hyde、ラクリマのTAKA、安室奈美恵、ISSA、西城秀樹、真矢、琴欧州、柔道・吉田秀彦、元阪神・川尻哲郎、さらにはシャア・アズナブル役の池田秀一・・・

店の出店にどんな謂れがあるのか分からない人にとっては、なぜこのような各界の著名人が
小さなラーメン屋に花を出すのか分からなかったに違いない。

実はみよし新宿店は、Gacktのたっての希望で初めて支店を出店したのである。

Gacktと言えば美貌を保つために炭水化物を摂らないことで知られ、ご飯は7年以上食べて
いないというストイック人間。

だが滋賀・京都での学生時代の10年間、彼がこよなく愛したのが、みよしの京都本店の
ラーメンであった。
「HEY×3」でも「京都イチの店」と絶賛していたほどである。
ちなみにお気に入りは、チャーシュー麺バリカタ。

Gacktの「みよし」への愛は、いつしか「東京でも食べたい」という願いへと変わっていった。
そして本店のオーナーに支店進出を許してもらうため、直接掛け合うという行動に出た。

もちろんオーナーは古くから彼が店の味を愛していることを知っている。
だが、オーナーは釘を刺した。
「中途半端な形で支店を出し、本店とは違う味が広まるのだけは辞めて欲しい」。
続いてオーナーは、ラーメン作りは大変だと懇々と話したという。
だが、それでもGacktの情熱は揺らぐことはなかった。

熱意にほだされたオーナーは支店を出すことを認め、ついに今年6月16日、歌舞伎町に東京第一号店がオープン。
店に花を贈った著名人は、Gakctと親交のあった人物たちばかり、というわけ。


・・・だが当のGackt、出店が決まった後は彼の実の姉が経営する会社に一任。
自分はまた再び、客の1人としてチャーシューメンのバリカタを頼む日々に戻る。

弟の想いを受け継ぐ形で経営に乗り出した姉だったが、実のところそれほど「やる気」はなかったらしい。
それは早くも店員の怠慢に表れる。
オーナーとGacktとの約束だったはずの「味を変に変えない」ということが守れなくなっていったのだ。
本店からの店員が“指導員”として新宿店を訪れると、本店とは違う味に変わっている。
指導後、一定期間を空けて再び訪れてみると、また違う味になっている。

本店はこれでは「みよし」の暖簾を掲げてもらうことはできないと、ついに閉店を申し入れる。
オープンからわずか半年で、Gacktの「東京でも食べ続けたい」という願いははかなく潰えるの
である。


最終日に訪れてみた。
Gacktファン通称Dearsの少女たち3人がラーメンそっちのけで話に花を咲かせていた。
他には黒服のお兄さん3人ほど。
24席ある店内はまさしく閑古鳥の鳴く状態であった。
全国に数多(あまた)いるであろうGacktファンも、さすがに彼を応援するのと、彼贔屓の店に
食べに行くというのは別次元のことなのであろうか。


スープは豚骨ベースで白濁しており、一見こってりラーメンの様。
しかし口にしてみると全然しつこくない。非常にまろやかだがコクがある。
本店ほどとんこつの臭みは無い(店員談)が、甘い。これを京風と言うのだろうか。
お好み焼きにしても、未だに「京風」が馴染めない。なぜか八つ橋を連想してしまう。
京都の人がこれを本場の博多長浜ラーメンと思っていると聞いたことがあるが、果たして。

麺はスープに合うはずの極細麺だが、あまり絡まない。
器は口が広くて底が浅く、空気に触れる面積が多いため、すぐスープが冷めてしまう。

またチャーシューが2枚と、メンマが数本、刻み葱少々が載っている。
サイコロ状に切られた小さなチャーシューも数個添えられている。

この「みよし」、10種類ものトッピングが無料で自由に出来る。
テーブルに胡麻、酢、ラー油、豆板醤、一味、高菜、紅しょうが、ヤンニンジャン、カレー粉、
天かすが小さな容器に入れられており、どれでも好きなものを入れることができる。

e0030939_2224356.jpg

ちなみに器の「みよし」という文字はGacktが書いた字である。












どうでもいいが、店員が、普通に接客しているときは明らかに関西圏のイントネーションではないのに、客の去り際だけ
「おおきに」と言うのがどうしてもいやだった。
味の総合点としては・・・飲んだ後にはいいのだろう。そう言えば木屋町も飲み屋街である。


e0030939_2232495.jpg新宿は現在、石原都知事のもと行われている「浄化作戦」によって遊興目当てのお客が激減している真っ最中。
しかも立地は苦戦が強いられる地味な場所。

思えば、新宿歌舞伎町の妖しさ=日本が「男」として輝いていた
象徴でもあった。
精巣が抜かれた脆弱な街と化した新宿に、MALICE MIZER時代ほどではないにせよ奇しくも中性的な人間が店の出店を熱望したのは単なる偶然か。

さて、今回閉店したみよしがある通りは「花道通り」。
ここを通ったことのある人なら分かると思うが、この花道通り、妙に
うねり、くねっている。
実はこの道は明治の中期まで、蟹川という川だったのだ。

新宿は、今日も蛇行しながら、「花道」を探している。






今日、本店に電話すると、「うちにはもう関係ない」と言われる。
「天下一品」や、「王将」、「たいめいけん」向かい側にある「ますたに」のように東京でも地盤を
固めることができた京都発のラーメン店。

今回、みよしは東京進出失敗によってミソがついてしまった。
そこにはまぎれもなく、1人の有名ミュージシャンの、青春時代を彩った味への想いが起因して
いる。
何気ない店の閉店にも、いろいろな人間模様がある
[PR]

by misejimai | 2006-12-21 22:21 | ラーメン屋
2006年 07月 08日

さっぽろ一番・・・今三番手

e0030939_0195.jpg今日の店じまいは、江東区扇橋の
ラーメン屋、札幌娘。




















e0030939_012832.jpg

空き缶が自転車のかごに入る
空き店舗が寂れていく

かつては東京も札幌のラーメンが全盛だった
それが80年代、九州のとんこつが台頭
店の経営はレシピ通りにはいかない
とお父さんは電話ごしに言った
しばらくして店に電話してみたら不通だった












※迷惑メールのラブストーリー更新。

※桜塚やっくんが、今度は幻の「保母さんキャラ」に挑戦するそうだ。
 スケバン恐子も飽きられるのが早い。

※スライドショーで写真を見せたくて、違うブログを立ち上げました。
  「店じまい・店じまい」

[PR]

by misejimai | 2006-07-08 00:09 | ラーメン屋
2006年 05月 19日

京島 再開発

e0030939_18313718.jpg




















今日の店じまいは、墨田区京島のラーメン屋さん。
先月23日付けにも京島の再開発で閉まった店は
紹介しているが、その目と鼻の先にあるラーメン屋さんだ。




e0030939_18385394.jpg

隣にはマンションが建つ
ということで工事白い鉄の板が
覆っている
空の白さとほとんど変わらない











e0030939_18405138.jpg

店の扉に貼ってあった、
周辺の完成予想図

夢の地図は僕たちを
幸せにしてくれるのか











e0030939_184133100.jpg














長い間お疲れ様でした



※貼り紙はすでに剥がされていますが、あるブロガーさんのご厚意でお写真を
 いただきました。ありがとうございます。
[PR]

by misejimai | 2006-05-19 18:53 | ラーメン屋
2006年 05月 13日

愛されて

今日の店じまいは、岡山のラーメン屋さん、丸天。
貼り紙のすき間にびっしりと埋められた黒い群れはお客さんが書いたメッセージだ。
「さみしい~!」「うまかったです。ごちそうさまでした」など想いおもいの言葉が綴られている。
これはayaz24さんのブログからお借りしました。ありがとうございます。


e0030939_2573988.jpg

店主が死去したときは、そのお店を誰かが
継がない限り、店は「終焉」を意味する

それは悲しいけど、でも店が愛されていれば、こうして貼り紙に多くの弔辞をもらうことができる



こんなふうに、店じまいしたとき、
どうしても伝えたい想いを抱いたお店、ありますか

とりあえず持っていた鉛筆、ボールペン、マジックで
貼り紙に書かずにはおれなかった経験、ありますか




e0030939_2595475.jpg人との出会いは一期一会
店との出会いだってそうだ

個人のお店には、
チェーン店やフランチャイズにはない
「魂」が宿っている 「想い」が込められている

どこに店を出すか思案し、
いろいろ店名を考えて、
どんなメニューにするか悩み、
店内はどんなインテリアにするか相談し、
料理の値段設定に苦慮し、
毎日、客の入りを心配し、
日々味を探求し、腕を磨き、
そして今日も、お客さんを幸せにしようと厨房に立つ



e0030939_3434513.jpg
さらに、店主は待っている
「ごちそうさまでした」
もっと言えば
「美味しかったよ」

その一言を聞くだけで、
店主はそれまでの苦労は報われる












戒名をつけてみた。
「丸天院 麺汁美味 来客多 長年有難 今御疲様 永遠不忘 大居士」




※写真をお借りしたayazさんのホームページ&ブログです。空間プロデューサーを目指して
 いるとのこと。励ましのメッセージを送ろう!&丸天の詳細はこちら!ayazアワー
[PR]

by misejimai | 2006-05-13 04:00 | ラーメン屋
2006年 01月 25日

「ごちそうさま」が言えなくて

今日の閉店は新宿通り沿い、「餃子の王将」新宿店。
閉店すると看板を反対にする風習(?)はいつから
生まれたのだろうか。

e0030939_1841418.jpg



札幌のラーメン屋、ヨガ教室、ジンギスカン店、
日本語学校、ハッテン場だったホモサウナ・・・
雑多なビルだった「ラシントンパレス」
新宿2丁目の怪しい雰囲気を
そのまま醸し出していた有象無象のテナント







e0030939_18503142.jpg
昼間は大盛況
忙しく向こうで働いている店員に
「ごちそうさま」を言おうとしたけど
ちょっと離れてるし、どうせ聞こえないから言うのを
辞めた
あのとき言っておけば良かったな

次々と仲間のコマが敵に寝返っていく中で、
最後まで立ち退かなかった王将
ラシントンパレス最後のテナントとして見事
「王」の役割を果たしたと思う

[PR]

by misejimai | 2006-01-25 18:57 | ラーメン屋
2005年 12月 12日

道路拡張のため閉店

e0030939_1944052.jpg今日の閉店貼り紙は先日のガソリンスタンドと同じく、
外苑東通り沿いにあるラーメン屋。用地買収でつぶれました。
近くの不動産屋さんに聞いたら「2、3年後にはこの周辺は
道路になる」とのこと。


ひとひらの通告書と退去勧告書で
早々と閉めたことに後悔はしない
どうせこのまま続けても
たいしたお金にならないのなら
不平を言う前におさらばだ

慟哭に打ちひしがれたのはほんの一瞬

これから店を始めたい人は
狭い道路沿いには作らぬこと
そうさ反面教師にすればいいさ




e0030939_196212.jpg


店は地中に沈み、窒息する
そして2年後、粉塵と砂ぼこりがまみれる道路になる

そのとき、たとえ、道すがらこの場所を
通ったとしても、誰が昔を懐かしむだろう

でも、貼り紙には書きたかった
道路拡張という名の幸せのために
犠牲になったってことを

[PR]

by misejimai | 2005-12-12 19:10 | ラーメン屋
2005年 10月 29日

ウソの得意な女

今回の閉店の貼り紙は、
高田馬場にある、いやあったラーメン屋
「極みだし 銀麺」。



e0030939_0152937.jpg
最初は少し緊張して
でも好奇心で暖簾をくぐる

今までどんな人を虜にしてきたのかな・・・
うまく自分を受け入れてくれるかな・・・
そんな不安もある

でも口の中に広がるスープとともに
心にも安堵が広がる
1秒ごとに距離が縮まっていく

それなのに
別れの「わ」の字も言わないで
さよならの「さ」の字も口にせずに
あなたは去っていく

「ありがとうございました!またお越しください」と
言ったくせに

だけど-
えぞ菊 がんこ 一風堂  味源 次郎 俺の空・・・
ラーメン激戦区にあって仕方ないのかもしれない

ウソの得意な女にさせたのは
僕たちなのかもしれない

ねえ乾杯しようか・・・
瓶をしっかり押さえてて・・・

閉店に出くわしたとき、人は
涙のシャンパンをまた開ける

e0030939_0204895.jpg

[PR]

by misejimai | 2005-10-29 00:19 | ラーメン屋
2005年 08月 31日

「一楽」ここに眠る



「建設予定地」には、かつて別の建物があったということを忘れたくない。

夕暮れの渋谷・池尻大橋。
ビルに邪魔されて満ち欠けの激しい太陽が、駅から吐き出される人の波を照らし出す。

1日の疲れを背負ってくる人々は皆うつむいて、帰途につくために前を向いているはずなのに、何か「後ろ」に歩いているように思える。

人の流れに身を任せてついていった時、並びにあったはずの「一楽」が無かった。
いや正確には店舗はあったのだが、まるで廃屋のように息を殺してたたずんでいた。
一楽と言えば、きくらげの玉子炒めが美味しかったな。
松崎しげるも常連だったそうだ。

そして扉には、店を「廃屋」たらしめる何よりの証拠が貼ってあった。

e0030939_19305145.jpg



向かい側に移転したのである。完全になくなったわけじゃないことを知って
ホッとした。

ふと目をやると、数m先にもう1つ看板があった。
それによると「一楽」の跡地には、高速道路のジャンクションができるらしい。
そう言えば、中央環状線が池尻大橋で東名と繋がると誰かが言っていた。





店がこれまで続いてきた33年間と、これから続く高速道路の100年と、
どちらが大事かなんて比べられるものじゃない。

でも、高速道路のループを造るコンクリートの中には、かつてラーメン屋があったことを
少しでも長く、多くの人の記憶にとどめてもらいたい。

「旧一楽跡」と心に石碑を打って僕は別れを告げた。
[PR]

by misejimai | 2005-08-31 09:45 | ラーメン屋
2005年 08月 28日

♪おもいで麺

「古武士」が閉店。

つけ麺で有名だった「古武士」(こぶし)の本店は、かつて僕の住んでいたすぐ近くにあった。

スープは魚だしのきいた、和風しょうゆ味。しかもぬるくならないように、
あらかじめ温めておいた有田焼の丼に入れて出していた。

麺は太めでかんすい多め。量も1玉200グラムあったという。
だがスープと相性が抜群だったので、大盛りでも平気だった。

だが、店の場所が人通りの少ない“へんぴ”な所にあったので、
最初は内心、「店、続くかなあ」と心配していた。

しかし、それも杞憂に終わった。間もなく行列店に。翌年の4月には
歌舞伎町に支店を出し、人気は高まる一方だった。

住まいのある地域に有名なお店ができて、誇らしいというか嬉しかったのとは反対に、
何だかちょっぴり遠くに行ってしまった寂しさを今でも覚えている。


e0030939_2364059.jpg
だがその後新宿から目黒に引っ越した僕は、自然と「古武士」から足が遠のいていった。

「潰れた」という話を聞いたのは最近のこと
だった。
店を出しすぎたのが原因らしい。

♪無理して(店を)出しちゃ いけないと
 主人をやさしく たしなめる
 あの人どうして いるかしら
 も一度 「美味しい」 言いたいよ
 おもいで「麺」に酔うばかり


 ゲンコツ 背脂 10時間
 どんこの シイタケ 和風だし
 2日は 煮込んだ 自信作
 うるめの イワシを ブレンドし
 おもいで「スープ」に酔うばかり

写真は渋谷の閉店看板。
新宿御苑の本店にはそんな閉店看板はおろか、
ラーメン屋であることを示す「名残」というか「形跡」すら無かった。

神様、お願いです。
もうこれ以上、僕の好きな店を潰さないでください。
[PR]

by misejimai | 2005-08-28 03:06 | ラーメン屋