店じまい・店びらき ~閉店のヘキレキ~
2017-12-29T22:51:10+09:00
misejimai
閉店したお店を聞き書きしてます。
Excite Blog
再開
http://misebiraki.exblog.jp/26366247/
2017-12-29T22:51:00+09:00
2017-12-29T22:51:10+09:00
2017-12-29T22:51:10+09:00
misejimai
未分類
追憶
http://misebiraki.exblog.jp/24243272/
2016-03-23T11:32:00+09:00
2016-03-23T11:43:59+09:00
2016-03-23T11:32:20+09:00
misejimai
蒲鉾屋さん
もはや去年のことになってしまうが、下町・台東区根岸のかつての蒲鉾屋「和泉屋蒲鉾店」のお孫さんから
連絡があった。
営業していた当時の写真が載っていたブログを見つけたとのこと。
それが、「ぼくの近代建築コレクション」なるブログ。
2008年4月27日の記事には、確かに、生き生きと店を開いていたときのお店の写真が写っていた。
ブログの管理人の流一さん(ハンドルネーム)に許可を取り(それも去年のことだが)写真をここに掲載いたします
右から2番目、赤い格子戸の店である。
今から27年前、1989年3月に撮ったものだという。
このときはまだ、お店が営業していたんだと思うと泣ける。
そして、この時、店の奥で、おそらくおじいさんがおでん種を作っていたのだなあと思うとまた泣ける。
もちろん、この写真に呼びかけても、おじいさんは出てきてはくれないのである。
掲載許可をいただいたのは以下のブログ「ぼくの近代建築コレクション」
http://blog.goo.ne.jp/ryuw-1/m/201603
古い物への心を忘れない良ブログである。ぜひお立ち寄りください。
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人の悲しみの上に
http://misebiraki.exblog.jp/22647392/
2014-12-13T23:53:24+09:00
2014-12-13T23:53:42+09:00
2014-12-13T23:53:42+09:00
misejimai
蒲鉾屋さん
いつも当たらない人騒がせな天気予報とは打って変わって
ここのところのソレはきちんと正確に告げていた。
この日も予報通り、トゲのような風が吹き付けている。
やってきたそこは、かつて蒲鉾屋さんだった。
今はタールを流したような黒い外観だが、昔は赤い格子がはめられていて、洒落ていた。
名は「和泉屋」、明治から100年、3代続く老舗だった。
「おでん種」を1つひとつ手作りで仕込んでいた3代目のおじいちゃんは、
年寄る波には勝てず、
2006年、自ら店の幕引きを選び、さらには翌年、残念なことに他界してしまう。
だがその後建物だけは壊されずに、後ろにあったマンションのオーナーが相当のお金で買い取ってくれて、
そのまま残されることになった。
誰かがテナントとして借り受け、オフィスにしていたようだ。
しかし先日、この建物の取り壊しが決定した。
白いやつによれば、
それはそれは立派なマンションができるそうだ。
脇には、少し場違いな自販機が、口をふさがれている。
やがて、どこからともなく自販機メーカーの方がやってきて、
自販機を移動し、運んでいった。
残るはいよいよ、この家屋が壊される番だ。
3代目のおじいちゃんの練り物や煮こごりの味を知っているというお孫さんのWさん。今は鹿児島に住んで
いる。
少年時代、ここによく遊びに行ってはおじいちゃんから美味しい切れ端を口に入れてもらって食べていたという。
そして今・・折に触れ、鹿児島から都内に来たときに彼が僕に話してくれたおじいちゃんとの思い出が、古びたランプの光のように、いつまでも温かく、僕の胸の中に揺らめいている。
自分の経験したことではないのに、1匹の夜光虫のように離れない。
ところでWさん、おじいちゃんの背中に追いつくことはなかったが、
商人の血を譲り受けたのだろう、
奥様のお父様が経営するコンビニの店長を長年務めたのち、
もう1つの夢でもあった、タコスで一旗揚げようと移動販売を開始。
遠い薩摩の空の下で、頑張っている。
Wさんだけに宛てる「追伸」
Wさん、
みんな、名残惜しそうに
この店の前に立ち止まってくれていましたよ。
誰も見向きもしない、
名もない店の閉店が多い中、
振り返って見てくれるだけで
幸せなほうかもしれません。
ちなみに隣の160年続く提灯屋さんに聞いてみると
提灯屋さんの敷地にも、マンションができるそうです。
提灯屋さんは、道向かいの自宅でしばらく仮で営業を続けた後に
マンションの1階に何とか入らせてもらうことになったそう。
「ほんと、いやになっちゃうよね」と一言。
人の不幸の上に人の幸せは作られます。
人の悲しみの上に人の喜びが作られます。
人間はそうやって生きてきたのです。
だから決して感傷的になることなどないのです。
そんな永遠不変の摂理に逆らって
マンション建設反対!などというのは、
殺されるのは、とうの昔にわかっているのに、
この期に及んで命乞いする者です。
そう言いながら、やっぱり僕は、少し涙が出て仕方がないのです。
どんなに頭をかきむしっても、答えは出ないし、何も助けになれずにすみません。
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鉄の木の下で鉄の空き缶集め
http://misebiraki.exblog.jp/17900150/
2012-05-02T08:41:58+09:00
2012-05-02T08:41:47+09:00
2012-05-02T08:41:47+09:00
misejimai
未分類
特に水曜日、墨田区のホームレスたちは一斉に住宅をうろつき始める。
空き缶の回収日だからだ。
もちろん違法なのは分かっているが、生きていくより仕方がない。
時間帯は、近隣住民がゴミ出しをしたあとから回収車が来る前の数時間で行う。
たいていは隅田川のほとりにある公園からやってきて、一通りあさって歩いていく。
自転車の前かごに少し詰めていく者。
リヤカーを引く者。
おばあちゃんが押しているような手押し車を使う人もいる。
おしゃれにキャリーバッグなんてしゃれこむ御仁も。
しょってるリュックに詰める者。そのリュックには、だいたい、小学生がランドセルにリコーダーを刺して入れるのと同じように、カサを刺している。
台車にダンボール箱を置いて歩く者。
自転車なのかリヤカーなのか分からない、専用車両で街を横切る物もいる。
彼らは知恵と工夫をほどこして、生きているのである。
42歳。建築工事をやっていたが、体を壊して仕事ができず、公園、公園を渡り歩きながら
空き缶集めする男性。
70歳。
薬注(やくちゅう)といって、地盤を固めたり、地盤中の水の流れを止めたりするために、 セメントミルクなどを地盤の中に入れる仕事をしていたが、年齢のために雇ってくれずやむなく
これまたホームレスに優しくない江東区から追い出されて墨田区へ逃げてきた。
68歳。わけあって宮城から上京。山谷の5人部屋(彼はパレスといっている)に住みながら
観光客が捨てた空き缶を探すために墨田区にやってきて集めている。
500円で買ったラジオを大事にしている。
空き缶のとっておきの隠し場所があるとか。
派出所のおまわりさんからは「一生懸命がんばってるね」と言われるという。
逆に住人からやいのやいの言われるとか。
アルミニウムは1キロ75円から90円だという。スチール缶は1キロ10円。売れないが、それでも抜き取っていく。
そうだ、スカイツリーを溶かして売ったら、きっといいお金になるだろう。
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放尿スカイツリー
http://misebiraki.exblog.jp/17892753/
2012-05-01T04:14:00+09:00
2012-05-01T04:14:33+09:00
2012-05-01T04:14:07+09:00
misejimai
スベカラ区キンシ町
最近では犬に限らず、観光客と思しき御仁も小便をかき捨てするらしい。
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桜の木の下で
http://misebiraki.exblog.jp/17710331/
2012-04-07T15:46:48+09:00
2012-04-07T15:46:47+09:00
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misejimai
未分類
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スベカラ区 禁止町
http://misebiraki.exblog.jp/17689402/
2012-04-05T12:09:39+09:00
2012-04-05T12:09:38+09:00
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misejimai
未分類
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備忘録
http://misebiraki.exblog.jp/17677652/
2012-04-03T21:45:47+09:00
2012-04-03T21:45:47+09:00
2012-04-03T21:45:47+09:00
misejimai
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奥さんを亡くしたあとに訪ねた時の話。
本当に魂が抜けました。
1人でやっばりいると力がなくなっちゃう。
やっばし、こりゃあ偉大な存在だったなと今になって痛感してるもんですよ。
商売にしても、女の人がいて初めて成り立つ。
例えば、暮れになると、いろいろ魚の注文が来るんですが、いま買い出ししちゃ余りますよとか、言ってくれる。
自分だけだとお客さんのこと、1から10まで出来なくて7,8で止まっちゃう。
かまぼこを買うにしても、去年は何本残るくらいだったんだから、このくらいにしときなさいって言ってくれた。
よくそんなことが、暮れになるたびあった。今時分騒いでたもんだなあ。
うちのほうの状態ですと、せがれが1人、勤めてる。
朝の支度の飯を作って、せがれを送り出して、掃除、洗濯を私がしてる。
もう40過ぎてます。弱った。
飯を作るってことは、小僧時分は修行でしてましたんでね、苦にはならないんですけれども。
ただ毎日作るとなると、なかなか。最初のうちは料理本見ながらやってたけど。
それ考えたら、お母さんは朝昼晩、よく作ってたな。
お母さんがいたころは、お父さん、今日はお店の魚が余るから、こんなもの作るわよなんて言って。
今の子どもたちが店を継がない理由?簡単ですよ。
夜のご飯、食べてるでしょ。子どもたちが小さいころからお前が十何代目だと説明しないと。
でも正直な話、この仕事は手が不器用だとモノにならない。もし器用でも小さいころから刃物持たせないと。
途中からああだこうだ言っても。
箸の使い方は簡単だろうけどぶきっちょだと、どうしても。
今じゃ魚もお母さんがいちいちほぐして食べさせてるでしょ。
人って手から成長してくから。最初のその「手」」を何とかしないと。
大人になると普通は手がかからなくなるもんだ。その手を今じゃ大人がまだまだだと引っ張ってるから大人になれない。]]>
昼どきの咆哮
http://misebiraki.exblog.jp/17606887/
2012-03-23T12:30:00+09:00
2012-03-26T07:19:19+09:00
2012-03-26T07:19:19+09:00
misejimai
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タモリの声を聞いた。
と同時に、彼を上回るあのうわずった声が外で聞こえた。
「あら~ごめんなさい。ご心配かけまして・・・」。
その声を聴いた瞬間、懐かしさが胸にこみ上げてきた。
休業していたラーメン屋のおばさんの声だった。
薄汚れたレースのカーテンも、それを開ける自分の毛深い手も、きらきらして見えた。
今ならば「明日来てくれるかな?」
と聞かれなくても「いいとも」と答えるだろう。
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常連になるということ
http://misebiraki.exblog.jp/17274129/
2012-01-26T04:02:00+09:00
2012-01-26T04:12:49+09:00
2012-01-26T04:02:10+09:00
misejimai
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自分が監督した映画を母校で後輩らとともに見るという観賞会。
そんな夢にも一向に追いつかない現実に枕元で苦笑していた僕を次に襲ったのは、
近くに構える、あるラーメン屋に関する、悲しい予感だった。
8年前、新しく今の場所に引っ越し、妻との結婚生活を始めた時からよく食べに行っていたその店。
長方形の店構えで、入るとカウンターとテーブルが、1本の通路を隔てておしくらまんじゅうのように居並んでいる。どちらも丸椅子。どのテーブルにもある、業務用のでっかいコショウの缶。
ラーメンの原点ともいえるしょうゆ味の懐かしい味。
隅っこのテレビはいつも必ずNHKという、ごくありふれた店。
そして、営むのは老夫婦。
口少なめだが、良い仕事をしてくれる、おじさん。
とにかく明るい接客で、まだ食べてもいないのに幸せにしてくれる、おばさん。
僕らの部屋は角部屋なのだが、その部屋から見える道から、よく店のおばさんの威勢の良い声が
響いていた。
「はい、いらっしゃ~い」
「はい、どうもね~」。
客がサッシを開けて出入りする時、店の中から叫ぶ彼女の声が漏れ聞こえてくるのだ。
仕事柄徹夜をすることもあるため、起きた時にはタモリが画面で歌っていることもよくある。
そんな歌声を聴きながら、カーテンを開け、ベランダのガラスを開けて前夜までの重たい空気を入れ替える
とき、外から聞こえてくる「はい、いらっしゃ~い」というあの声を聞いて、
「ああ、今日も頑張ってるな」と元気をもらって、また今日という日を生きようとするのである。
かれこれ8年。
アパートの裏手にあることから、正しい店名で呼ぶことはなく、親しみをこめて「裏」と言っていた。
だから、その店に行くときは「裏、行こうか」となる。
そんな裏から、最近、おばさんの声が聞こえなくなった。
ああ、今日は定休日だからか。
いや、遅い正月休みかな。
そんなあやふやな自分への言い訳が続いて2日、3日、4日・・・
カーテンを開けて、店を見るが、営業している気配がない。
営業しているときはちょっと道路にせり出しているピカピカ光る店の看板が、おとなしく奥で息を殺している。
1年前に、おばさんが腰を痛めてだかして入院し、店を少し休んだことがあり、そのときは入院する前に
僕らに事前にその旨を伝えてきた。
でも今回は、1月に入ってから一度ラーメンの「食べ初め」だということで暖簾をくぐったとき、
休業するという話はまったく出てこなかった。
多分だが、つまりは突然、だったのだ。
昨日の夜、夫婦で外に出るときさすがに気になって、「ちょっと裏、行ってくる」と言い残して見に行くと、
「しばらく休業」の文字が。
個人経営の店の閉店の張り紙を見ると、「良い話が聞けそうだ」なんて他人事のように
それを期待している自分がいるが、
本当に常連だとそんな気にもならない。
いつもなら、「良い貼り紙だ」なんてブツブツ言いながらデリカシーもなくシャッターを切る自分がいるが、
本当によく行く店だと撮りたくないことがよく解った。
この8年間、夫婦に子どもがいるような話は耳にしたことがない。
というより、子どものいない僕ら夫婦にとって、「お子さんは?」という質問を他人にするということが
いかに傷つくことであるか我が身を切られるくらい分かっているからだ。
ただ、ほかの常連さんとの会話でも、そういう話が一切出てこないということ、また、この8年、お子さんらしき
人の姿を見ていないということから察しても、お子さんがいるいないにかかわらず、この店の後継者はいないのであろうということだ。
後継者がいない店の常連になるということは、リスクがつきまとう。
やがて来る店主の体力の限界、そして閉店だ。
そんな痛みも、店主が元気なうちは気にも留めない。頭の隅によぎることもない。
だが、それが徐々に現実のものになったとき、それまで考えていなかった時間の分だけ、
不安が怒涛のように押し寄せる。
普通の人よりだいぶ多めに閉店を目の当たりにしてきた僕の、当たってほしくない、いやな予感。
それが杞憂に終わることを願いながら、もう一度床に就くことにする。
おじさんが作ったラーメンを口にしたときの口福を味わい、
おばさんの「はい、いらっしゃ~い」が再び聞けることを期待しながら、
もう一度、冒頭の、追いつかない夢の続きでもせいぜい見ることにする。
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久々
http://misebiraki.exblog.jp/17224148/
2012-01-16T00:07:17+09:00
2012-01-16T00:07:19+09:00
2012-01-16T00:07:19+09:00
misejimai
未分類
書けなくなりました。
なんてかっこいいコト言うわりに、いつしかテレビで腹を抱えて笑っていたりします。ましてや、書く時間がなかったのかといえばそうではなくて、切った爪をわけも無く確かめたり、手の平を眺めて運命線が変わってないかなと思ったりして、持て余すほどでした。
2011年前半には本を出版したいという夢はズルズルと延び、近所に停めてあった、ママチャリの後ろの、子どもを載せるカゴは
いつしか取り外され、アパートのとある一室の、朝方ドアノブに掛けてあった、「赤ちゃんが寝ています」という札も掛けられなくなりました。
でも、どこからともなく聞こえてくるピアノの腕は相変わらず進歩がありません。
あれだけ熱のあった出版社の人も、ほとほと愛想を尽かしているようです。それはひとえに僕のせいです。
いずれにせよ今年じゅうには本を出せるとは思います。ブログは書くと思います。毎日覗いて下さっている奇特な貴方、期待しないで
待っていてください。それまで別の面白いブログでも見ていてください。
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叩き売りと彼女の靴
http://misebiraki.exblog.jp/14320773/
2011-02-26T17:51:03+09:00
2011-02-26T17:51:05+09:00
2011-02-26T17:51:05+09:00
misejimai
未分類
花粉が鼻をおびやかし、影がいつもよりくっきりと
見えたこの日、広尾の靴屋さんが閉店セールを
していた。
店先に靴を並べて1000円から3000円ほどで
売っている。
2代目だというおじさん。家賃が払えず、やむなく
閉める。問屋もどんどんつぶれているという。
貼り紙は昨日まではあったという。残念。
この一角は、おしゃれな広尾に最後に残された、
戦後の雰囲気を今に伝える場所あった。
左隣はおもちゃ屋、そり隣がレコードショップの
跡地、今は駐車場。その隣はせんべい屋。
親子が靴を物色している。
娘さんが母親に「お願いします、お願いします、
頑張ってお茶の水入るから~」と、なにやら靴をせがんでいる。
お気に入りの茶色の靴があったようだ。だが少し
サイズが大きいようだ。
それまで何足も買っているので、母親は少し
ためらっている。だが、2000円という安さに、
どうしてもきっぱりと断りきれない。
父親から「学校によってはだめなんだよ、指定が
あるから」とたしなめる。
娘の懇願に根負けしたのか、扉もシャッターも
何もないあけっぴろげの店の中でサイズ違いの靴を、探し始めた。
「茶色の22、あったよ」
「お~!ナイス、ママ~」
こうして娘さんはお気に入りの一足を見つけた。
おじさんに直接2000円渡し、おじさんは「これで靴屋さんできちゃうね。どうもありがとう」と
言葉を投げた。
実際、かなり買い込んだらしく、
「すっごーい、何足買ったのホントに」と母親。
娘さんに、ここで買ったことをずっと覚えておいて欲しいと思うのは、わがままだろうか。
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昼下がり
http://misebiraki.exblog.jp/13970600/
2011-01-12T14:24:13+09:00
2011-01-12T14:24:13+09:00
2011-01-12T14:24:13+09:00
misejimai
未分類
ありがとうございます
エスカレーターにお乗りの際は横の手すりをお持ちの上
黄色い線の内側にお立ちくださいませ
お年寄りやお子様連れのお客様はお乗り降りに
ご注意ください
ベビーカーでのお乗りは
あぶのうございますので
ご遠慮くださいませ
アナウンスが何回も流れる中、
誰も乗せていないエスカレーターが行ったり来たり、上へ下へ。
去年閉店した西武百貨店の隣の阪急百貨店だ。
エスカレーターを覚えたのはおそらくデパートだったろう。
あれだけ楽しかったはずのデパートに入るのさえ、躊躇してしまう。
誰もいない広いフロアに、何人もの店員が人欲しい目をして服を折りたたんでいる。
8階に、背広で決めたサラリーマンたちが何十人も何かレジュメを持って
担当者らしき腕章をつけた男性から説明を受けていた。
ここは西武百貨店にも入れる場所だ。
西武の次に入るルミネのテナントのことを話し合っているのだろうか。
エスカレーターを降りるとき、隣の西武にそれでも人がいて、品物がある。
あれ、まだやってるのか?
と思ったら、阪急の店内がガラスに映っていただけだった。
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痛し痛し
http://misebiraki.exblog.jp/13960490/
2011-01-10T19:08:44+09:00
2011-01-10T19:08:45+09:00
2011-01-10T19:08:45+09:00
misejimai
未分類
きれいなはずの振り袖も、しびれるほどの寒さによって心なしかくすんで見える。
せめて吐く息が白かったら、まだ寒さを心から実感できるが、白くなりもしないのが妙に歯がゆい。
むしろ逆にスーッと吸っている。
祝日の気安さか、
観光客の恥のかき捨てか、
明らかにツリーを観に来たカップルの男が、赤信号の交差点で、
もう車が折れてくるのにかかわらず、手で車を制止しながら笑みを浮かべて走っている。
いつもの橋の上には、ツリーを撮影する人々が。
でもみなさん、安心してください。ツリーは無くなりませんから。
押上にあった自転車屋さん、寺田商会。昭和3年創業。
交番から先の一区域の中、立ち退く店が絶えない中、最後まで残っていた。
でも整理がつき、去年の12月30日に閉めた。
本所のほうに移転する。
3代目好宏さん75歳。
「道路拡張するんですよ、ここ。ツリーとかできて
さ。広くするんだよね道を。
でもツリーできてもね、食べ物屋ならお客さん
いっぱい来てもいいけど、この店、こんな狭い
でしょ。おっきなリュックしょった人が
5~6人来て誰もあと入れやしない。実際、
観光客が冷やかし半分で来るから、ツリー
できても迷惑なんですよね。
もう私、後期高齢者ですから。えっ後期高齢者
っていったら75ですよ。10年前に息子に代を
ゆずりまして、あとはゆっくりやってます。今、
せがれたちですか? 子供たち錦糸町まで
迎えに行ってるんじゃないかな」
北風が一段と体を硬くする。
帰り際、近くのミスドのショーウィンドーのドーナツが、あったかそうに見えた。
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3Dナミダ
http://misebiraki.exblog.jp/13936400/
2011-01-06T08:22:00+09:00
2011-01-06T08:24:07+09:00
2011-01-06T08:22:47+09:00
misejimai
未分類
未だに毎日このブログを御覧になっている5人の方々ありがとうございます。
テレビのCMでよく流れている、映画の宣伝映像。
3Dメガネ越しで涙を拭く女性は笑える。
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