店じまい・店びらき ~閉店のヘキレキ~

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2009年 01月 18日

舌の記憶

二日酔いの朝、味噌汁が体に沁みわたる。

重い頭と、なぜか額の生え際にかすかに感じる鈍痛(何があったのだ)を引きずりながら、
体は羽田空港に向いていた。

W氏と2年ぶりの再会である。

彼は台東区根岸のかまぼこ屋さん「和泉屋」のお孫さんだ。

つみれにちくわにさつまあげ、串天、ごぼう、うずら巻・・・
冬の大定番、おでんに欠かせない、「練り物」系。

3代老舗の作る練り物は、
林家三平から続く一家も愛した味だと聞く。

回転海老名固めで年の瀬を賑わせた泰葉女史も幼い頃、きっと口にしたに違いない
(いつからかお騒がせファミリーとなり下がり、天国の師匠は謝ることしきりであろう)

さて、その和泉屋はすでに100年の歴史を終え、店舗は
取り壊しを待つばかりである。

そんな和泉屋のお孫さんとどうして出逢うことになったかは検索の小窓で
「蒲鉾屋」と入れるとお分かりいただけるかと思うので、しばし筆を休めてお待ちいたします。


・・・はい、お分かりいただけただろうか。

千葉の実家にちょっと遅めの帰省をし、このあとの飛行機で鹿児島のご自宅に
ご家族(奥様と2人の娘さん)とともに帰るW氏。

そして彼を見送りに来た鳩ヶ谷在住のご友人と3人で話す機会が得られた。


現在、W氏は鹿児島のとある小さな町で、
奥様のお父さんの経営するコンビニの店長をしている、

僕が今回確認したかったのは、同じ羽田のターミナルで2年前言っていた、
祖父の味を復活させたいという想いがあるかということだった。
少年時代から、そのつぶらな瞳が見ていた大きな背中とともに、
自然に触れて来た伝統の味。

人の心はいい意味でも悪い意味でもすぐ変わる。
人は変わる生き物である。

だから、目に見えるモノ、迫りくるコトをこなすうちに、
あの日抱いた決意も、破られては捨てられてしまう日めくりカレンダーのように、
どんどん薄れていってしまう。

だが彼は2年前と何ら変わらなかった。舌が覚える祖父の味の復活をどこか心に秘めていた。

「さつま揚げは鹿児島の名産ですよね。だから今いるところでも本場のは
 食べられるんです。でも僕にとって、さつま揚げは、おじいちゃんの作ったものが
 全てでした」

そして。
「楽天なんかでお取り寄せでもできれば・・・」

でもW氏にとってはまだそこに辿りつくまでには時間が欲しいのだと思う。
もちろん当面の生活もあるだろう。
レジ接客、商品荷受、商品陳列、清掃などもしなければならない。
でもその意志だけ持っていることを再確認できただけでよかった。


そのあとは、派遣村のことやモンスターペアレントの話やご友人のインド旅行の顛末など
話す。奥様と2人の娘さんは一足先に出発ロビーに行っていた。

気づけば搭乗時間だ。


搭乗手続きを済ませ、別れの時。今度はいつ会えるだろうか。

愛らしい娘さんがしきりに振る手が、行きかう客の体で何度も見えなくなる。
この娘さんたちは、曽祖父の作った練り物の味は知らないんだなあと思うと、
なぜだか鼻がツーンとなった。
エレベーターもエスカレーターも使わず、
階段を一段飛ばしながら帰った。


家路につく間際、コンビニに入った。
買ったのは、
e0030939_2040699.jpg






















おでんだ。
コンビニのおでんは、和泉屋のおじいさまのような職人の作るものと比べるべくもないが、
今、この世にその味が無い今、
日かげりの街の中に24時間煌々と光るコンビニおでんで、
腹と心を満たすしかない

和泉屋の味を僕も食べられる日まで、何百夜、何千夜と羊を数えたい。
なんて書くとプレッシャーだろうかな。
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by misejimai | 2009-01-18 20:40 | 蒲鉾屋さん


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