店じまい・店びらき ~閉店のヘキレキ~

misebiraki.exblog.jp
ブログトップ
2007年 06月 12日

羽田のコーラと蒲鉾ばなし

冷たいボトルコークに喉を潤しながら、男たちが「かまぼこ」について話し合っている。
2人がいるのはオールディーズが流れるお洒落なカフェだ。

今年の2月6日、以前は去年の7月28日の日記で紹介した蒲鉾屋さん、「和泉屋」。
その3代目のおじいさんの孫に当たるW氏が、千葉にある実家の私用で先日からこちらに滞在。
そして今日、鹿児島のご自宅に帰られるというので、羽田空港のターミナルで会う約束をしていたのだ。
せっかくの機会である。

そしてふらりと入ったお店がコカコーラ・プロデュース。トレードマークの赤を基調とした、アメリカンフレーバー満載のカフェだったというわけ。

美味しそうにコーラを飲み干すW氏は僕より小柄で(僕は167cm)、
こげ茶色の眼鏡の奥の瞳は、こう言っては何だが少年のように輝いていて(年上なのにすみません)、笑うと目が線に
なる、笑顔が似合う人である。

ただその笑みが真顔になったのは、挨拶~名刺交換を済ませ、鹿児島の奥さんの実家で
コンビニの店長をしているといった近況を終えたあとのこと。

件の「和泉屋」の話である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「やっぱり取り壊されちゃうんですか、あそこは」
僕が聞くと、W氏は頷き、
「あそこはもともと借家だったんです。誰も居ない家は法律上、借地権の存続は認められない
 んです」
自ら言い聞かせるように云った。

「ところで、中はどうなってるんですか?」
「練り物を練る機械とかほとんど片付けてあります。あっ、でも--」
「はあ」
「いろいろな表彰状とか残っていましたね。あと柱時計とか」
僕は思わず体を乗り出した。
「へぇぇ、その中とか是非見てみたいですねぇ、いや外部の、しかも見ず知らずの人間に
 簡単に見せられるものじゃないでしょうけど」
「そうですねぇ、取り壊す直前になったら中に入ることもあるとは思いますので聞いては
 おきます」
「ありがとうございます。是非お願いします。まあできたらで結構ですんで。でも今まで見てきた お店の中でも、あれは
 本当に思い出深くてですね・・・」
外観の、朱色と黒壁の鮮やかな色彩がいかに印象的だったかを僕がしばし説くと、
W氏は僕の視線を受け止め、こんなことを明かしてくれた。
「実は少し前、今度『三丁目の夕日』の続編が撮られるというので、その映画の製作会社に、
 お店を売り込んだんです」
「え?」
「FAXで、お店の写真を添えて、もし良ければここで撮影してもらいたいということを書いて
 送ったんです。でも全く何のリアクションもなかったですね、無視でしたね」
「残念ですねぇ。僕にそういう力があれば・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
W氏は小さな体躯で身振り手振りを交えながら、祖父とのことを話し始めた。
「僕と祖父との関係は、いわゆる普通の孫とおじいちゃんにありがちな像ではなかったですね。
 幼い頃はよく店にも行きましたが、特に何かを買ってもらうとか、僕のほうから、ねだる
 とかいったこともなかったですし。背中だけを見ていたというか。結婚式とか親族の寄り集まり
 でも、向こうは寡黙な人ですから、無邪気にしゃべった記憶もないですし」
 
僕はしんと聞き入る。

「鹿児島に行く前、僕は京都で3年ほど仕事をしていたんです。そのとき、おじいちゃん、
 おでんダネをクール宅急便でよく送ってくれましたね。
 すでに90歳は過ぎてたんですが、朝4時起きで毎日店を開け、
 築地には週に2、3回は自分で仕入れに行っていました」

奥さんを早くに亡くし、1人根岸の広い家で蒲鉾のために生きてきた人生。ただ、時には孤独で腐ることもあっただろう。
後継者がおらず、そして自分としても職人としてのプライドが、誰かが後を簡単に継ぐことを
良しとしなかったのだろう。

店のカウンターの壁に架けられているコカコーラの木目調の時計が、
いよいよ搭乗手続きの時を待っていた。

だが、W氏の声がさらに熱を帯びたのはそれからだった。
父親が商社マンだったこともあって、幼い頃メキシコに住んでいたこと、
そのため、舌がメキシコの味を覚えており、実はそれで飲食業を始めたいと思っている
ことなどを白い歯を見せながら語ってくれた。

「その事業の夢、かなうといいですねぇ。青写真ではいつごろ-」
「10年先ですね。妻に言ってあるんです。10年経ったら、好きなことさせてくれ
 って。今は妻の実家に入ったマスオさん、そしてコンビニの店長だけど、その後は俺の自由に させてくれって」
いつしか、“僕”が“俺”に変わっていた。

「その商売を成功させる自信もあるし、予見もしてるんです。
 最後は、妻の後押しだけですね」

先ほど携帯の写真で拝見させていただいた、亡きおじいさんの顔と目の前のW氏がだぶった。
この人は根っからの商人、しかも、おじいさんの血をしかと受け継いだ人だ-。

-Wさん、おじいちゃんという強力な後押しがいるじゃないですか。
僕は心の中で、力強く励ました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最後に、W氏は「これ」と言って紙袋を渡してくれた。
鹿児島名産のいも焼酎だった。
「何も僕は持ってきてないのに、いいんですか?」
「貴方とお話をするのがお土産みたいなものですから」
「ありがとうございます」

自然と手が伸び、握手を交わしていた。


夕闇に包まれた空港から飛び立つ希望の両翼。
いつの間にか晴れ上がった雲間に吸い込まれる、一筋の光に
別れの目礼をし、僕はその場を去った。

そして今、もう朝だというのに、W氏からもらった焼酎でずっと一杯やっている。
e0030939_484158.jpg
[PR]

by misejimai | 2007-06-12 03:32 | 蒲鉾屋さん


<< 遺失物      コムスンの電話の保留中の音楽 >>