店じまい・店びらき ~閉店のヘキレキ~

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2007年 02月 06日

遺伝子

こんなメールが1カ月前届いた。
実名は伏せてある。
本当ならば、きちんと公表したほうがいいというか、そうじゃないとうまく伝わらないとは
思いますが、そこはご容赦下さい。

******************************
貴殿ブログに2006年 07月 28日の回で取りあげて頂き、また、先日
NHKさんでの放映の絡みでお問い合わせを頂きました、蒲鉾屋『和泉屋』
のN・Sの孫のW・Kと申します。

先日は、せっかくのお話でしたのに、番組の方にお役に立てずに
申し訳ありませんでした。

本日(1月7日)、和泉屋店主、Nは千葉の病院にて
永眠致しました。永遠の「店じまい」となってしまいました。

返す返すも、彼の意志を継げなかった、あの伝統の味を
継ぐことが出来なかった、無念さにかわりはありません。

取りあげて下さってありがとうございました。

W・K




根岸にある蒲鉾屋さんである。
僕は去年の7月、偶然この店を見つけ、写真をアップした。
そのお孫さんがコンビニの店長をしていることも、
ブログをやっていることも書いた(7月28日参照のこと)

そして去年の年末である、NHKの番組に出させていただいたとき、
蒲鉾屋さんを紹介しようと許可をいただくべく頑張ったのだが、
やはりおじい様ら周辺の都合で結局取材はできなかった。
上のメールに僕はこう返した。



W様

お返事大変遅れてすみませんでした。misejimaiことU・Tと申します。
ここのところ、ほとんどこちらのメールに何も来ないものですから
放っておいてしまいました。申し訳ございません。

そうですか・・・。
ご愁傷様です。心中お察しいたします。
僕はもちろん会ったことのない方でしたが、
おじい様のことは隣の提灯屋さんに話を聞いたりしていたものですから、
残念でなりません。

番組の取材の件はこちらこそご迷惑おかけいたしました。
今まで見たお店の中で、特に印象に残る外観-朱色の鮮やかな-
だったものですから・・・
でも、こんな私にお知らせして頂いて本当にありがとうございます。

W様、味は継げなくても、その商売への想いをしっかりと
受け継いでいるではありませんか。
店を畳んだのは誰のせいでもありません。

もし宜しければ、このメールのやり取りをブログに載せても構わないでしょうか?
こんなことを最後までお願いするなんて大変に失礼だと思います。
ただ、おじい様が生きていた証が永遠に残るものだと思っています。
宜しくお願いいたします。




すると後日、こう返ってきた。

U・T様

 暖かいメールのご返信、ありがとうございました。
 鹿児島から、蒲鉾屋「和泉屋」の孫のWです。 

 >僕はもちろん会ったことのない方でしたが、
 >おじい様のことは隣の提灯屋さんに話を聞いたりしていたものですから、
 >残念でなりません。

 僕ら、孫の世代はあまり、ご近所さんとは
 お付き合いは無いのですが、うちの母などは
 「提灯屋さんの誰々ちゃん・・・」と、会話の
 端々で、名前を聞いたりしたことがあります。
 確か、息子さんが継がれたんですよね^^。

 >今まで見たお店の中で、特に印象に残る外観-朱色の鮮やかな-
 >だったものですから・・・
 >でも、こんな私にお知らせして頂いて本当にありがとうございます。
 
 そうですね、あの朱色に塗ったのは、実は、そんな昔の
 話ではなく、ここ10~15年の間だったと思います。
 扉の朱を塗ったときに看板も、塗り直したはずです。

 僕は、あの建物の柱の油の染み込んだ、黒い色が
 本当に好きで・・・。

 残念ながら、あの建物、取り壊す方向に、親族会議で
 決まってしまったようです。返す返すも残念です。
 この前、葬式の翌日、店を尋ねて、祖父の遺影に線香を
 あげたのと、思い出と記録のために、ビデオで録画して
 きました。

>W様、味は継げなくても、その商売への想いをしっかりと
>受け継いでいるではありませんか。
>店を畳んだのは誰のせいでもありません。

 そういって頂けると嬉しいです。

 でも、いつか、「再現してやろう!」って思ってます。
 僕の舌に記憶が残っているうちに。うちの母は、何度か
 本気で店を継いでも良いと思ったことがあったらしく、
 祖父に練り物の作り方を教わっているはずですので、
 母が生きているうちに、伝授してもらえば、可能かも
 しれません。

 時代が、本当にもう少し味方してくれていたら、
 「和泉屋」というブランドで、薩摩揚げや煮こごりを
 商品化して、楽天とかで通販したんですけどね^^。
 まあ、そういった、商売をしなかったのは、祖父の
 対「お客さん」という商売の基本があったからなので
 しょうけれど。「紀文」とか「つくごん」とかのように
 大きくはしなかったのが、祖父の誇りなのかもしれません。

 ちなみに、「紀文」は違いますが、「つくごん」という
 メーカーが商品を開発する段階で、うちの祖父が
 商品の出来上がりまでをアドバイス(もう、きっと
 何十年も前の話でしょうけれど)していたそうで、
 お葬式の時も「つくごん」の社長名で花輪が届いて
 いました。そっくりそのまま、ではないかもしれませんが
 祖父の職人としての「遺伝子」が「つくごん」の練り物
 に実は、影ながら引き継がれているんです。

>こんなことを最後までお願いするなんて大変に失礼だと思います。
>ただ、おじい様が生きていた証が永遠に残るものだと思っています。
>宜しくお願いいたします。

 それは、願ったり叶ったりです。Uさんがあのブログを
 続けて頂ける間は、祖父の居場所があるようで、嬉しいです。
 どうぞ、よろしくお願い致します。

 それと、もし、Uさんがよろしければ、
 私とのやりとり(メールの交換など)、続けて頂けませんか?
 なんか、色々、話をさせて頂きたいなあと思ったのと、
 こんな、面白い出会いから、もしかしたら友情が産まれるのかも
 しれないと思って、今、少々、ワクワクしております。

 いつか、私が上京したときにでも、お会い頂ければ
 とも、思います。もちろん、Uさんが、鹿児島に
 お越し頂く機会があれば、それはそれで、大歓迎です。
 それと、以下の文章を、祖父が亡くなったときに、
 mixiというSNSの日記に書きました。差し支えなければ
 抜粋してお使い頂いても構いません。

 (以下、mixi日記より)

【2007年01月07日】また一人、自分のルーツが・・・。

僕の母方の祖父が一時間ほど前に亡くなった。明治44年生まれ、今年年男で95歳
の一生だった。

祖父は、東京の台東区根岸というところで、三代100年続いた『和泉屋』という
蒲鉾屋(おでん種屋)を営んでいた。祖母が僕が20歳の時に亡くなっているか
ら、祖母が亡くなってから、ちょうど、20年、たった一人で、あの店を守って
きた。場所柄、多くの芸人さんに愛された、林家三平師匠の時代から、奥様の
海老名香葉子さん、林家正蔵(林家こぶ平)さん等も、お得意さんだったそうだ。
鮫の皮で作る『煮こごり』は遠くから、車に乗って買い付けに来るお客さんも
居るほど、飲み屋さん辺りでは高級珍味として、重宝がられていたそうである。
あの煮こごりを祖父が丁寧に包丁で切っていて、切りくずが出ると、「ほら、
食べるかい?」と僕らの口に放り込んでくれた。あの味を忘れることはないだろう。


僕の中には、この祖父の血が流れている。商売人というよりも、やはり「職人」
「玄人」の『血』だ。

残念ながら、蒲鉾屋を継ぐ者が出なかったけれど、そのスピリットは、
間違いなく、僕の中にある。

亡くなったとき、僕の所に、寄ったりはしなかったみたいで、もう、未練も
なく、天国へ召されたのだと思う。

安らかに、おやすみ下さい。


合掌。


去年、あるブログで祖父の店の閉店を取りあげて下さった。

店じまいブログ
http://misebiraki.exblog.jp/i103
 


【2007年01月14日】ゆったりとした週末

今朝は、祖父にお線香をあげようと、空港に行く途中、祖父の家に寄った。取り
壊す事が決まっている百年立つ祖父が守ってきた蒲鉾屋『和泉屋』をビデオカメ
ラに収めるのも目的だった。四十九日まで、おじが祖父のこの家で一緒に居てく
れるそうで、少し、安心した。

祖父が揚げ物などを作っていた作業台や練り物をこねる機械はすでに取り払わ
れ、がらんとしていた。

明治、大正、昭和、平成と四つの時代を生き抜いた祖父。遺影の祖父は「あとは
頼んだぞ」と微笑みを浮かべていた。

 (以上、mixi日記より)



 それでは、長くなりましたが、
 また、やり取り出来る日が来ることを
 楽しみにしております。




というわけである。mixiのは、抜粋するのが正直もったいないほどいい文章だったので、
丸々使わせていただきました。ご容赦下さいませ。
これを読んだとき、僕は思わずちょっと涙が出た。
顔も知らない相手にここまで共感すること自体、僕はあまりなかった。

新富町の製薬会社→コンビニ→取り壊し→アーチ部分は別マンションへ移築の例もそうだが、
遺伝子はどこかできっと残るのだと思った。
最初は単なる好奇心も加わってやり始めた趣味だが、
正直こんなに深いとは思わなかった。
これは末代まで辞められないブログだと思った。
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by misejimai | 2007-02-06 05:06 | 蒲鉾屋さん


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