2006年 06月 17日

西村知美のダンナのお店が閉店

今日の「有名人のお店」の閉店は、西村知美のダンナがやっていたイタリアンレストラン。

タレント・西村知美。
夫で元CHA-CHAのメンバー・西尾拓美と結婚し、
現在は2歳になる長女を育てるママさんタレントとして活躍中だ。

だが、かつて彼女が「主婦」になるなどとは考えられなかったことかもしれない。

家にマンガ本は1500冊を所蔵。
50回以上はディズニーランドに遊びに行っているマニア。
車の運転はからきしダメで、何人かを車に乗せては1人は周囲の車の確認、1人は標識の確認など担当を振り分ける。
「缶詰は冷蔵庫に入れて冷やすべきか」などという質問を消費者センターに問い合わせる。
料理には2時間かかる。

・・・最初、「“かつて”彼女が主婦になるなどとは~」と書いたが、
以上挙げた行動が今も続いているかどうかは分からない。
今も続いているのだが、それを敢えて言う機会がないだけかもしれない。

それらを差し引いてもなお、周囲から「トロリ」というニックネームで呼ばれ、一挙手一投足を
心配される存在であったことは、業界にいる身としてはいろいろ漏れ聞こえてきたことでは
あった。


・・・しかし、愛は彼女をたくましくし、さらに夫の不甲斐なさは彼女を変えた。

西村知美が夫・西尾拓美と結婚したのは97年。
西尾は、萩本欽一、欽ちゃんの番組「欽ちゃんの欽キラリン5:30」(日本テレビ)の中で結成
したアイドルグループ「CHA-CHA」のメンバー。お笑いタレントの勝俣州和もその1人だった。

だが「CHA-CHA」も長くは続かず、4年で解散。
メンバーはそれぞれの道を歩き始めるのだが、そのとき西尾は「芸能活動はいつでもできるから」と、もともと好きだった料理の道へ。

渋谷・宮益坂のイタリアンレストラン「モンペトクワ」渋谷店の雇われ店長として腕を奮い始める。

ここはさだまさしが、高校時代の同級生・野津氏と共同出資しているお店。
つまりは、さだがオーナーなのだ。

広い店内は心地よい雰囲気に包まれており、料理はどれも安い。
アラカルトのスタンダードメニューがすべて1000円以下。
ワインやカクテルが豊富で手頃な値段なので大勢の仲間とワイワイ楽しく飲んで食べるのに
最適だったという。

いつも「お任せで・・・」と言うと、彼は料理とそれに合うワインを選んで創作料理を作ってくれた
とのこと。元アイドルとは言えちゃんと修行しただけあってなかなかのものだったとか。

初めの頃は元CHA-CHAファンなどが物見遊山に来ていたりするなど人気を誇っていた。

・・・だが料理が出てくるまでの時間が長い。
また「美味しいがボリュームが足りなかった」という声も。

そんなわけで閉店直前は夜の時間帯でも客が数人しかいなかったという証言もある。

折からの営業不振に、テナントビルのオーナーの倒産が重なり、2004年9月30日閉店。


さだまさしと共同経営している同級生の野津氏は五反田に同じく「モンペトクワごはん屋」を経営しているが、彼は雑誌か何かで「閉店の原因は私の責任。西尾は経営に関しては全くノータッチ」と語っていた。

渋谷店の収容人数は80人。ロスも大きかったようだ。

かくして夫は失職、次の新しい仕事を探すかと思いきや、親族が経営するサンフランシスコの
カフェに「修行」目的で手伝いをするべく、単身渡米・・・

西村知美は芸能活動と言う立派な「仕事」があり、
どうしても日本を離れるわけにはいかなかった。

その頃、テレビでは冗談交じりに「母子家庭です」と言い、メールやファクスで夫とは連絡を密に取り合っていると語ったが、今後の生活を考えると不安でいっぱいだったに違いない。

現に、今までも生活は安定しているとはいえなかった。
97年の結婚以来、2人はなかなか子宝に恵まれなかったため、
月に数十万円も医療費がかかるといわれる不妊治療に踏み切った。
西村は“お金のためなら”と、恥も外聞もかなぐり捨てて、100キロマラソンに挑戦したり、
不妊治療のドキュメンタリーまで撮影させてタレント活動を行ってきたのだ。

だが、2度の流産を経験。2003年に長女を授かった。
しかし、家族3人水入らずの幸せな家庭を手に入れた矢先に夫が失職・・・。

さて、アメリカで1年間、手伝いがてらの「修行」を終えた夫、
帰国後は自分のレストランをオープンさせるかと思いきや、結局現在働いているのは韓国料理店だという。

西村は今後も女の“細腕”で家族の面倒を見るしかない。
収入が不安定な夫と幼子のために馬車馬のように働き続けなければならない。

最近も夫婦生活について問われると、
「夫とは生活のリズムが違い、つい最近も1カ月ぶりに会った」と「からくりテレビ」で言っていた。
愛娘・咲々(ささ)ちゃんの育児はどうしているのかよく分からない。
だが、離乳食作りはすべて夫・西尾の担当だという。

「モンペトクワ」の名付け親はオーナーのさだまさしだが、
服の「もんぺ」と農具の「鍬」を合わせ「フランス語っぽい」ということで命名したという。
西村も、夫の分まで鍬を奮い続けるのかもしれない。
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by misejimai | 2006-06-17 13:22 | 有名人のお店


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