店じまい・店びらき ~閉店のヘキレキ~

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2006年 05月 30日

お前はすでにフランス人だ

e0030939_19515521.jpg今日の閉店貼り紙は
千代田区永田町、ビストロ・パラザ。
シェフはもちろん、フランス料理界の重鎮、酒井一之。
だがこれは一時閉店だそうだ。
とりあえずフランスでヴァカンスを過ごし、
帰国後別の場所で再び料理店を構えるという。













e0030939_19505743.jpg学生運動華やかりし45年前、法政大学
二部の学生だった酒井は、バリケードの
マドンナ、K子と付き合っていた

一年先輩のK子
演劇研究会に所属し、文字通り女優並みの美貌の持ち主
理論武装も酒井より遥かにしっかりとしていた

一方、酒井はと言えば、二部ではあったが、特別仕事にも就かず、
毎日風呂に入り、いつもこざっぱりとした
格好でデモに行く、お坊ちゃん活動家だった


生活基盤のなかった彼は、仕事を見つけなければと思っていた
だがこれといって当てはなく、あるとすれば伯父のつてで、学校の教師ぐらいだった

いずれにせよ、働くことを考え始めて、次第に酒井の心が徐々に革命から遠ざかろうとしていた矢先、
彼はK子に別れを告げられる

どうやら、理論家として知られるバリバリの活動家Fと一緒になり、
さらに激しい活動にまい進しようとしていたようだ

別れ際K子は
「私は革命に死ぬ」
「私は鉄条網に引っかかって死ぬの!」
と言い残し、酒井から離れていった

…初めての恋、初めての失恋
その痛手を彼はフランス文学に求める

レマルクの「凱旋門」に出てくるノルマンディー地方の蒸留酒、カルヴァドス
そこに象徴される強烈で魅惑的な異文化に酒井は惹かれた

さらに、本に出てくる料理に関心が向けられた

「コックになれば、あの異文化に行ける」


ラーメンライスを喉に流し込んでいた大学仲間からは軽蔑された
「お前、特権階級に迎合する気なのか?」


それでも酒井はフランス料理の世界に足を踏み入れた

皇居近くのパレスホテルで、1日14時間の皿洗い

世界を股に駆ける豪華客船のコックが話す、世界を見て回った自慢話を、
料理場の隅でじっと聞いていた

「つかみ」と呼ばれる腰にぶらさげた白い布は、
熱い鍋をつかみ、吹きこぼれたもの拭くなどして、どんどん汚れていった

汗まみれになって、96羽のローストチキンを焼いた


だが、疑問だらけのフランス料理に酒井は業を煮やした

大体が、当時、日本にフランス料理の知識を十分に持ち合わせている人がいるはずもない

しかし彼は本場のフランス料理を自分の目で、そして舌で確かめてみたかった


海を渡った酒井はデンマーク、そしてパリを巡りながら修行を重ねる

海外での料理人生活が10年を迎えたとき、
彼は、ヨーロッパ最大規模を誇るホテル・メリディアンのスー・シェフ(副料理長)に上り詰めた
そのホテルは、学生の頃読んだ「凱旋門」の近くだった

だが、それから5年経ったある日、
酒井は、日本で自分の思うように店を任せたいという話を持ちかけられ、
26年前、帰国

彼は渋谷のヴァンセーヌを経て、このビストロ・パラザを7年前に開店
そして昨日、一時店を閉めた

そしてフランスに旅立つのだ
ヴァカンスをするのだ



日本に帰ろうとした26年前、
メリディアンのグラン・シェフ(総料理長)は酒井にこう言った

「外国人でここまでやれる料理人はいないのだから、もう少しやれないかい?
 もうお前はすでにフランス人なんだ」

だが、帰国を留保するよう説得されたことこそ、酒井にとって、
フランス料理の腕を本場に認めてもらった瞬間でもあった

さて、フランスにはヴァカンス法がある
勤労者は年間で夏と冬に連続3週間以上、休暇を取らなくてはならないという法律だ
余暇を楽しむこととこそ、生きる歓びととらえる、フランスの国民的行事である

例に漏れず、フランス人・酒井もヴァカンスを十分に取りに行くのだ

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by misejimai | 2006-05-30 20:00


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