2010年 10月 26日
「あ、そっちのもいいよ~。もし良かったら持ってって」 「でも長いことそこにいたから香辛料の臭いついちゃったかもしれないけど」 「うん、いいよ。それ可愛いでしょ」 完全閉店間際のインドネシア料理店「カフェウブド」。 店に取り残された家具や椅子などを「閉店」と聞いてふらりと来た客にいともたやすく、持ってっていいよと太っ腹な、大崎あゆ子さん。でも実は偽名。 ここは大崎にある店。 だから名字を大崎に。 名前の「あゆ」というのは、インドネシアでのポピュラーな名前だから、らしい。 日本で言えば「美」や「子」といった感じ。 実はスタッフも本名を知らないのだ。クレジットの審査の際、書類の不備のためお店に確認の電話が 鳴ったの。だが、それに出た店員が「そんな名前の人はいない」とピシャリと言ってのけたのだが、本当はそれが本名で、結局、「いない」ということになり、審査が通らなかったこともあるという。 今から11年前。 無職だった彼女はある知人男性から、経営するインドネシア料理店のバイトをやってみないかと 言われ、飛びついた。 だがインドネシア人ばかりがやってくる店。ナンパ攻撃で「正直ウザい」と思っていた矢先、 その店に別の支店の出店依頼が舞い込んだ。 だがその店自体に資金力がなく、やむなく断念・・・と思いきや、なんと彼女自ら手を挙げた! 私、やります! OL&フリーター時代に今まで貯めていた資金をつぎこんで、 大崎さん自ら、支店ではなく独立したお店としてそのテナントを買い。7年前大崎ゲートシティの 地下に「カフェウブド」をオープンさせた。大崎あゆ子の誕生である。 ・・・そんな話を聞いている途中、 入れ替わり立ち替わり客が来ては眺め、手に取り、 ある人はタダの品をもらっていき、値がつけられている物に関しては買っていく。 もちろんそのまま何もせず帰る人もいる。 店の血であり肉であり骨となっていたモノかひとつ消え、ふたつ消え、店が静かに終息していく 息の音と、 日曜日、少しは賑わっていた大崎のショッピングモールの地下が、夕闇のカーテンに包まれて ひっそりとした無機質なコンクリートの塊になっていく過程が、妙にシンクロしている。 それでも、店のモノをもらっていったり、買って行ったりするお客はそれを自分の部屋に 置いたり、飾ったりして、小躍りしたり、生活の糧にしていく。 だからなのか、不思議と閉店というものの悲壮感はあまり感じられず、 僕には大崎さんが、消えていく希望の露を分け与えているマザーテレサのように思えた。 Q.インドネシアに興味があった? A.興味はあったがバリで観光2回くらいしかなかった。 ただインドネシアという選択はなかったが、将来的には飲食店を持ちたいという夢は持って いた。24歳で店が持てるチャンスなんてめったにないということで飛びついた。 インドネシア語?最初は習ってたんですけど辞めました~。恥ずかしい想い出があって。 それ以来すっかり。 マザーテレサはよく目が行き届く。 「あ、それよかったらそれもあげるよ~」 「目についたものはこれは?って聞いてね」 真向かいに座っていたテーブルを離れ、接客し、また戻り。すみませんこんな話に付き合ってもらって。 気まぐれと満ち溢れる若さと時の運で始めたお店。 しかし意外といったら失礼かもしれないが、彼女なりの固い誓いがあった。 インドネシア料理屋はみんなオシャレすぎる。 ビアスタイルのオシャレなレストランが多すぎ! 本当はそんなもんじゃない! 「そこで外観や店内を徹底的にこだわったんです」 茅葺き屋根は、インドネシアのバリで一度図面通りに仮組みしたものを壊して船で運んできた。 その木材たちと一緒にやったきたのが、現地の大工さんたち。もう一度組み立ててもらうからで ある。 65歳、肌がチョコチップクッキーみたいに黒く染みついた、笑顔の素敵なおじいちゃん棟梁を筆頭に、62歳、48歳の3人。 いずれもバリ島から出たこともない人々を日本に無料招待し、大崎さんちに3週間ずっと泊めさせて、朝一緒にお店に行って組み立ててもらい、夜は一緒に自宅に帰った。 もちろん、彼らの信仰心にも付き合った。 「赤い神棚で-まあ取り付けたんですけど、一緒に朝晩お祈りしてたんです。 バナナの葉っぱの上にお米とか置いて。 朝ごはんは私が作って。 で昼は日替わりランチのご飯 夜はバナナ フルーツでしたね」 Q.そんなお店の象徴、この屋根はどうするんですか? A.欲しいと言われる人はいるが、 10年経つとやせたり反ったりしているので 次に組み立てられる保証がないんですよ~ 命が果てたとき、その魂は抜けていく運命にあるのだ。 店員はインドネシア人の店員が料理人含めて5人、日本人は1人いた。 さらには踊り子さんたちも雇っていた。 「あ、でも日本人ですよ。普段はOLしてて。結局いろんなところで踊ってたり、 スクールに通ってた人だったり。7年で100人が躍ったんじゃないかな」 もちろん味にもこだわった。 ナンチャッテのインドネシア料理店じゃ出せない味と自負している。 小さな店だから、全部自分の裁量でできた。 「来年から壁ピンクにする!と言いだして、 失敗したら3日間休んでまた塗りなおせばいいって言ったら、 店員に頭おかしくなったんじゃないの?とか言われたり。 ディナー終わって塗ったけど、結局黄色にしました」 だが信頼していた店員が突然やめてしまったり、 お店のお金を持ち出して逃げてしまったり、 ランチのときに時たまやってくるどこかの会社のイケメン社員に勝手に恋して 「今日は来ないかな」と仕事が手につかなくなったり。 それでもあきらめない。自分の分身だから。 もともと飽き性。OL生活も10カ月、それからフリーター生活で仕事を渡り歩いて3年半。 女の道の最後の砦がこの店だった。 「だめなときもあったんです。 やめちゃおうかなと思ったこともあった けどインドネシア人の人も働かせてるから、彼らのことを考えたらやめられなかった。 あと、こういう店でも来てくれる人がいる。 やっててよかったと思うようなこともあった。 1カ月悩んでいる間も嬉しいことが重なってまたやってみようかな」 カウンターにあってイスを頑張って持って帰ると女性客が言い出した。 するとマザーは 「結構イス部分が幅広いでしょ。これ、私のお尻が大きいからこんなに広くしたんです。 皮はバリから持ってきたんですよ。結構重いけど1個だったら頑張れば電車で 持っていけるよ」 はたしてその女性は、マザーの御神託通り、 自分の体ほどはあろうかというごっついイスを両手に抱きとめて、一歩一歩持って行った。 「この棚とかは今度結婚するっていう人が明日来て持っていくことになってるの。 粗大ゴミになるより新婚家庭にもらって、 カフェウブドでもらったよねと店の名前を出してもらえば想い出になるしね。 でも想い出のあるモノを捨てるときはちょっとキュンとするね」 ・・・かくいう僕も、もう2つ残っていたイスをタダで譲ってもらい、今ではキッチンがのけぞる ほどのスペースを占有している。 さてお店の転機は数年前。 野外フェスから出店の依頼があった。大崎さんいわく「マグロ漁」。 だが実店舗は年中無休が契約条件。本当は店を休むとペナルティーとして罰金が加算される。 マグロ漁は大体1週間。 そのたびに「厨房メンテナンス」「社員研修」「大使館で研修」などとバレバレの嘘をついて 店を閉めていたという。 だが、昨年ビル側から「やけに厨房メンテナンスが多いけど、何をメンテナンスしているのか?」と釘を刺された。 せっかく軌道に乗り始めた野外出店。年中無休が約束のこのお店との並行運営は難しいと、今回の 決断に至ったのだ。 「あまりに若いころに始めたのでペースが分からなかった。 頑張れる体力があったからダッシュで走っちゃってたところもあったかも。 もっとライフワーク的に、もっと店をやることを、人を好きになるとか、自然な『好きなこと』 の中に取り入れたい」 そしてマザー大崎の次の停車駅、女の出船の港は渋谷だった。 それも駅から相当遠くに離れた奥地にある神山町。 Q.どうして? A.インドネシア人が集まるクラブとかがあって、あと代々木でやる出張イベントとかにも 近いから。忘れ物してもすぐ取りに行けるし。 店名は「ワルンビンタン」。 今度のはチープな屋台。人が怖くて入れないような?お店だとか。 Q.今回の新店舗はだれに相談した? A.このカエルの置き物です。 彼が店長で、私は彼のもとで働いている設定なんです。 なんかオーナーとかアルバイトとか決めたくない (スナックでいうところのママ的な?)そう。 誰がオーナーであるかなんて思われないほうがいいと思って。 でも若いころはパトロンがいるんでしょとか言われてた。 でも見る人が見ればオーナー。 そういえば、取材時、大崎あゆ子に代わる次の名前の候補名を募集していた。 「星あゆ子?神山町あゆ子? 渋谷あゆ子?・・・あぁ渋谷はおこがましいな」 現在、彼女の名前は何の名字もない「ayuko」である。 9月にはすでにオープンしているこの店だが、 インターネット光の配線が入らなかったり、厨房の壁のタイルが曲がってたり、 DMに記載された電話番号が間違ってたり、開店以来の人出なのに料理の提供が 遅かったりと、悩みの尽きないマザーテレサだが、 少しずつ常連客も増えているという。是非 カエル店長とその代理の方です その代理の方がカエル店長の想いを代筆した七夕の短冊です。 7月7日、ゲートシティに飾っておきました。最後の願いは、順調ですか?
by misejimai
| 2010-10-26 16:02
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